エルズ

 

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橋野智佳子(はしのちかこ)…成人の元恋人

須原成人(すはらなりと)…大学卒業後、フリーター

塚本明代(つかもとあきよ)…成人の大学の後輩

チーフ(男)

ウェイトレス(女)

コンサートスタッフ(女)

エルズ・メンバーA(イクミ)

エルズ・メンバーB(エリ)

エルズ・メンバーC(チカ)

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○ 駅前バス停

智佳子「今までありがとう。楽しかったわ」

成人「…本当に行くのか」

智佳子「うん。ゴメンね…このチャンス逃がしたら私きっと悔やんじゃうから」

成人「俺の事は悔やまないのか?」

智佳子「…後悔はすると思う。今だって本当は辛いよ。でもね…」

成人「だけど結局、止めたって行ってしまうんだろ?」

智佳子「そうね、私…ガンコだから」

成人「いいか? 俺の手を離してまで行くんだから絶対にかなえるんだぞ」

智佳子「なりと…」

成人「もう、バスが来る…行けよ」

智佳子「…うん」

(SE・バスの扉締まり、走り去る音)

成人「智佳子!! 俺…絶対おまえのこと忘れないからな!」

智佳子「…(窓越しに成人を見つめている)」

成人「…もう、届くはずもないか。俺の気持ちも…声も」

 

成人(モノローグ)「それから、5年の歳月が流れた」

 

○ 繁華街の道端

明代「須原先輩! お願いです…今度コンサートに付き合ってください」

成人「…俺?」

明代「須原成人(すはらなりと)って他にいますか? 私は目の前の
 先輩に言ったんです」

成人「…いいけど、何日? 俺バイトの予定とかあるし」

明代「えっと…エルズのコンサートは確か17日の夕方からです」

成人「17日か…確かシフトは空いてたな。確認してからはっきり返事する…
 それでいいか?」

明代「はい! あ、じゃあこの番号に電話下さいね。携帯変えたんです」

成人「ああ、わかった…」

 

成人(モノローグ)「塚本明代は俺の大学の後輩で…お互いに所属してた
 ボランティアサークルの仲間と飲みに行くときも
 いまだに混じってついてくることがあった。
 明るさと積極性で定評があり、友人も多かったのを覚えている」

 

○ 成人のバイト先

成人「あ、チーフ…17日って俺空いてましたよね?
 シフト表も見ましたけど変更とかありますか?」

チーフ「ああ、予定が変わることはおそらくないだろうな。
 変わりたいんならかまわんぞ?」

成人「い、いえ…あ、もし変更あったとしても俺は外してください」

チーフ「なんだ? デートか?」

成人「そ…そんなんじゃないですけど」

 

成人(モノローグ)「極力鈍いふりをして、ずっと恋人も作らずにいたけれど…
 もう心のどこかでそんな状況から解放されたいと思っていたのかもしれなかった」

 

チーフ「そういえば17日ってあのエルズのコンサートだなあ。初の全国ツアーとはいえ
 なにを好き好んでこんな田舎に…」

成人「やっぱりエルズってそのエルズだったんですね。顔は出してないけど
 ケータイCMで一躍有名になったバンドの…」

チーフ「そうそう。俺も長く使ってたケイタイ解約して、新しいの買っちまったよ。
 …ってなんだ。エルズのコンサート行くためなのか? 17日の予定確認したのは」

成人「はあ、まあ…」

チーフ「パンフレット買って来てくれないか? 俺の妹もファンなんでな」

成人「はい、いいですよ。それくらいお安いご用です」

チーフ「金はまたあとでな。なにしろ今給料前だからなあ」

成人「ははは…ええ、かまいませんよ」

 

成人(モノローグ)「大学を卒業して就職を選ばなかったのは
 それなりに理由があった。
 ありがちだが、やりたいことがみつからなかったからである。
 高校を卒業すると同時に自分の夢に向かって故郷を飛び出した智佳子は、
 本当にすごいと思う。
 あの時は別れを選んだ彼女を憎んだりもしたけれど…」

 

(SE・携帯をかける音)

明代「はい…あ、先輩」

成人「あ、塚本…あのさ、17日OKだから」

明代「本当ですか!? 嬉しい!! ありがとうございます」

成人「コンサート会場どこだっけ。待ち合わせる場所決めなきゃ行けないしな」

明代「街の駅前にある総合文化センターです」

成人「…………」

明代「先輩?」

 

成人(モノローグ)「その名前に、俺の中の苦い記憶が甦った。その建物の名前は
 俺が智佳子を見送ったバス停の名前だったのだ」

 

成人「…あ、ゴメン。じゃ、待ち合わせは駅前でいいかな」

明代「ああ、それなんですけど…私、17日のお昼…他の町に行く急用入っちゃって。
 バスで戻るのでセンター前のバス停で4時過ぎに待ち合わせしませんか?」

成人「…ん、いいよ。じゃあそうしよう」

 

成人(モノローグ)「皮肉なめぐり合わせだと思った。
 あの時の俺がすべてを失った場所で塚本と待ち合わせることになるとは…」

 

○ 駅前バス停

明代「あ〜、先輩! …間に合って良かった」

成人「ははは…髪、ぐしゃぐしゃだな」

明代「急いだんですよ! バスも混み始める時間ですし…座れませんでしたから」

成人「じゃあ、開場の時間までコーヒーでも飲もう」

明代「はい。そう言えばこの近くに出来ましたね、コーヒー専門店」

成人「そうそう。そこに行くつもりだよ」

明代「わあ、嬉しい。興味あったんです」

成人「じゃあ、行こう」

 

○ コーヒー専門店

ウェイトレス「お待たせしました」

明代「すみません、私アイスコーヒー…」

ウェイトレス「はい、ではこちらの方がホットですね。…どうぞ」

成人「…あ、すみません」

ウェイトレス「それではごゆっくり」

明代「…ん〜、いい香り。なんかフツ-のコーヒーと香りが違う」

成人「このお店、豆のためだけにコーディネーターが海外から来てるんだってさ。
 だから本当に本格的だと思うよ」

明代「そうですね。…ん! ホントに美味しい」

成人「だろう? 今度はホットで頼んでみたら? 多少冷めても美味しいはずだよ」

明代「……先輩って、大学いた頃より少し優しくなった気がします」

成人「え? 俺…きつかった? 前」

明代「…少し近寄り難かったですね。私のほかにも先輩に気のある子
 結構いたんですけど根性座ってたのは私だけみたいです」

成人「あはは…」

明代「気付かないそぶりでカベ作ってませんでした?」

成人「…鋭いなあ。まあそれは否定しないけど、
 もう前ほどとんがってるつもりもないよ」

明代「口調も少し変わりましたからね」

成人「もうカッコつける理由なくなってきたしなあ」

明代「私、今の先輩すごく好きですよ」

成人「…ありがとう。 さらっと言われると照れるのも馬鹿らしくなるな」

 

成人(モノローグ)「俺と塚本は不思議なほど打ち解け、
 会場へ向かわなければならない時間が近付いてもなお
 会話が途切れる事はなかった。

 

○ コンサート会場・ロビー

成人「パンフレット買ってくれってバイト先のチーフに頼まれてるんだ」

明代「パンフとグッズ売り場あっちですよ。私もポスター買おうかなあ…」

成人「そういえばなんでエルズって顔出さないんだろうな。
 テレビはともかく雑誌やCDのジャケットにも」

明代「短いインタビュー記事読んだんですけど、なんか…夢をかなえたって
 実感出来るまではルックスとかそういうので判断されたくないって」

成人「へぇ…なんかすごくかたくなだね」

明代「だからコンサートの舞台も、広いところでは客席からずいぶん離れてて…」

成人「でもこのセンターのホールじゃあそんなことできないんじゃ…」

コンサートスタッフ「すみません! グッズ購入希望者は整列おねがいします」

成人「あ、俺並ぼうか?」

明代「見れる席はもう決まってますから、私も並びます。…でも本当にコンサート
 だっていうのに顔写真の一つも張られてないなんて…徹底してるなあ」

成人「さっきコンサート風景みたいなのはあったけどね。顔は写ってなかったな」

明代「女性3人のグループだって言うのは知ってるんですけどね」

コンサートスタッフ「並列はしないで下さい。一列に…」

明代「あ、じゃあ私後ろに並びます」

成人「ああ」

 

成人(モノローグ)「勢いというか、雰囲気に押されて予定外のCDまで買った俺は
 開場を知らせるアナウンスとともにホールへと入場した。
 そこでふと思い出したのは、智佳子が高校生の頃に言っていたことだった」

 

○ 高校の教室(回想)

智佳子『ねえ、先入観なしに歌だけで…どこまで
 人の気持ちに訴えることが出来ると思う?』

成人『先入観って…あって当たり前のものだろ?』

智佳子『私はそれをなくしたいの』

 

成人(モノローグ)「まるで、このエルズというグループの活動は彼女が目指していた
 方針そのもののようだった。きっと、時代が昔と変わって…そういうことも可能になった
 のだろうと思う。
 智佳子が上京してから、テレビに出たとか雑誌に出たとか言う噂は幾度か聞いた。
 それも最初の一年ほどで…それ以後は高校の同級生ですら彼女の話題を
 口にすることはなかった」

 

○ 総合文化センター内大ホール

明代「ああ…なんだかドキドキする」

成人「…そうだなあ。俺もコンサートなんて高校生のころ以来だ」

明代「でも、先輩と一緒にいれるからってのもあるんですよ?」

成人「あはは…俺も誰かとこういうところに来るのは、久し振りだよ」

明代「あ…CM曲が」

成人「もうすぐ始まるのかな」

 

成人(モノローグ)「分厚い緞帳(どんちょう)の向こうに、思いもよらない人物の姿を
 見つけることになろうとは…その時の俺は想像すらしていなかった」

○ 総合文化センター内大ホール

成人(モノローグ)「CMで使われていたエルズの曲が館内に流れ
 それから間もなくステージと客席を隔てていた緞帳(どんちょう)が
 ゆっくりと上がっていった」

 

明代「あ! 本当に女性3人のバンドなんですね」

成人「うん。1階席だけど少し遠いから、顔あんまり見えないけどね」

明代「これでもチケット取り頑張ったんですよ〜」

成人「はは…ゴメン」

 

成人(モノローグ)「やがて先ほど流れていたCM曲の演奏が始まり、
 それまでざわめいていた観客たちも静まり返った」

 

明代「生で聞くと迫力ありますね」

成人「うん…だけどCMでは気付かなかったけど、この声どこかで…」

 

成人(モノローグ)「目を伏せて歌うボーカルの仕草…それは智佳子の
 歌い方と良く似ていた。
 違うのは長いストレートの髪ときゃしゃな身体…。
 声楽(せいがく)をやっていた智佳子はどちらかといえば肉付きのいい方で
 髪もくせ毛の短髪だった。だが…例え見た目が変わっても声までは
 変えることなど出来ないだろう。俺はまさかと思いながら目を凝らして
 ボーカルの女性を見つめた」

 

明代「よくあんな細い身体で大きな声が出せますよね…相当ボイストレーニング
 積んだのかなあ」

 

成人(モノローグ)「ひたすら感心する塚本のつぶやきを聞きながら、
 俺の疑念は次第に確信へと変わっていった。
 そしてそれが決定的になったのは一曲目が終わったところで始まった
 メンバーの自己紹介の時である」

 

エルズのメンバーA「ドラムのイクミです。よろしくお願いします」

メンバーB「皆さんはじめまして! 今日はお越しいただき、本当に
 ありがとうございます。私はキーボードのエリです」

メンバーC「私たち、エルズの生の姿をご覧になるのは初めての方ばかりだと
 思います。ボーカルのチカです…はじめまして! そしてただいま!!
 実は私は、5年前にこの町を出ました。自分の音楽がやりたくて…。
 そして模索して、出会えたこの大切な仲間を連れてここに戻って来ることが
 出来て本当に良かった…」

成人「智佳子…」

明代「先輩! エルズのボーカルってこの町の出身だそうですよ!」

成人「智佳子だったのか…」

 

成人(モノローグ)「5年の歳月は彼女をすっかり変えてしまっていた。
 もちろん俺自身も…。
 ステージに立っている彼女との距離が今の二人の関係を
 物語っているように思えた」

 

明代「先輩、知ってる人なんですか?」

成人「うん…高校の同級生なんだ」

明代「そうだったんですか! すごい偶然ですね」

成人「……そうだね」

 

成人(モノローグ)「無邪気に偶然を喜ぶ気にはなれない俺の横で
 塚本は親近感が強まったせいかエルズに声援を送りはじめた」

 

明代「チカさ----ん!! がんばれ----!!」

成人「智佳子…」

明代「あ、今度はさっきの歌のカップリング曲だ」

成人「…こんな形で再会するなんて、思わなかったな」

明代「私が誘わなかったら、先輩ずっと知らないままだったかも知れませんね」

成人「うん…」

 

成人(モノローグ)「その方が良かったかもしれないと思う俺は
 大人になりきれていないのだろう。あの日に置き去られたまま…。
 ステージに立つチカは、ここにきっと俺がいることなんて知るはずも
 ないんだろう。彼女は、またそれから数曲を歌い上げた」

 

明代「いい歌だなあ…私アルバム買ったんですけど、友達に貸したら
 戻ってこないんですよ〜。もう一枚買っちゃおうかなあ」

成人「ああ。俺…買ったから良かったら貸すよ」

明代「わあ! じゃあ貸してください」

成人「いいよ…あ、またMCが始まった」

 

(チカ、歌い終えたばかりで呼吸の整わないまましゃべり始める)

チカ「3曲立て続けでしたが、聞いてくださってありがとうございます。
 えーっと…先ほどもチラッとお話しましたが私が歌手を目指して上京したのは
 18の時なんです。
 駅前から空港行きのバス、出てますよね。アレでこの町を出ました…。
 実は今日、リハを終えてから駅前を5年振りに歩き回ってみたんですけど…
 ずいぶん変わりましたよね。都内にあるお店も幾つか見つけてちょっと驚きました」

 

成人(モノローグ)「すっかり変わってしまった彼女なら、きっと同級生の誰かに
 出会っても気付かれなかっただろう」

 

チカ「でも…もっと驚いたことがあったんです。それは…」

明代「チカさん…何があったんでしょうか、先輩」

成人「…さあ。俺にも分からないよ」

チカ「5年前、ただ一人私を見送ってくれた人がそのバス停にいたのを見たんです。
 でもさすがに私を待っているんじゃないんだろうなとは思いましたけど…」

成人「……!」

チカ「私に、声をかける勇気はとてもありませんでした」

明代「…チカさん」

成人「智佳子…」

チカ「きっと彼にこの言葉は届かないかもしれないけど、ここに戻ってきた
 ついでです。ちょっと吐き出させてくださいね…。
 くじけそうになったとき支えになったのが彼の言葉や思い出だったから、
 そのことをとても感謝しています。今でも…」

明代「…空港行きのバスが出てるのって、“総合文化センター前”ですよね?」

成人「…うん」

明代「そうかあ…だからこの会場にしたんでしょうね」

成人「そう、なんだろうね…」

チカ「では…私を育ててくれたこの町に、家族に、そして支えてくれた彼に
 感謝の気持ちを込めて歌います…」

 

成人(モノローグ)「そしてまた、次の曲の演奏が始まった…。
 俺は彼女を見送ったときに流せなかった涙のカタマリが…
 ゆっくり溶け出すのを自覚した。
 そして同時に、あのとき叫んだ…彼女に投げつけた俺の気持ちも
 決して届いていなかったわけではないことを知った。
 俺は、やっと彼女を本当に見送ることが出来そうだった。
 この、場所から…」

 

○ 駅前

明代「ああ〜! なんだか素敵なコンサートでしたね!」

成人「そうだね。しっとりした歌が多かったけど」

明代「あ、先輩。今度高校の卒業アルバム見せてください」

成人「いいけど、かなり雰囲気ちがうよ彼女(チカ)」

明代「それは分かってますよ。私だって高校の頃、今と全然違うし」

成人「え? そうなの? イメージかたまってて想像つかないなあ」

明代「オンナは変わるんです。ふふふ」

成人「確かにね-…、じゃあ塚本のも見せてよ」

明代「う…この次またデートしてくれたら見せます」

成人「うん、いいよ。今度は映画でもおごるよ」

明代「ホントですか!?」

成人「今日のお礼もあるし、塚本ともっと話してみたいって思うから」

明代「先輩…」

成人「じゃ、送るよ。行こうか」

明代「はい!」

 

成人(モノローグ)「智佳子を見送って、俺もこれから新しい道を歩き始める。
 やりたいことは、これから見つけていけばいい。
 とりあえずは、もっと塚本と話をしていこう。
 彼女を知るために…そして俺を良く知ってもらうために」

 

終幕

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