神久保荘へようこそ 番外編 「愛しい子供達へ〜十五年目の遺言〜1」

 

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神久保壬久(かみくぼ みく) 女・十代でデビューした漫画家・25歳
10日前に出来ちゃった結婚。
橘 駒子(たちばな こまこ) 女・26歳。壬久の姉。
ラジオのパーソナリティ・元声優。
3日前に出来ちゃった結婚。
神久保敦也(かみくぼ あつや) 男・33歳。壬久の高校時代の担任
現在は神久保家の入婿兼アシ。
橘 天馬(たちばな てんま) 男・24歳。放送局勤務。
元駒子のおっかけ。現在は旦那。
神久保 栄(かみくぼ さかえ) 女・50歳。主婦。
壬久の母。駒子のおば。
神久保博道(かみくぼ ひろみち)   男・21歳。大学生。壬久の従弟(弟)。
江田 亨(えだ とおる) 男・52歳。声優。
駒子の母をよく知っている。

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○ 神久保本家・居間(北海道・S市)

さかえ「壬久、ちょっとこっちいらっしゃい」

壬久「何? お母さん」

さかえ「壬子さんに頼まれてたものがあるから、渡すわ」

壬久「え、頼まれてたものって?」

さかえ「壬子さんが大切にしてたものよ。あんたと、それから駒子ちゃん
 にって」

壬久「何だろう……あ、じゃあ駒ちゃん呼ばなくていいの?」

さかえ「駒子ちゃんには後で渡すわ」

壬久「壬子お母さんが、私達に遺したもの?」

さかえ「そうよ、昔のものだからデザインとか古くなっちゃってるけどね。
 これなの」

壬久「わあ、時計と……指輪」

さかえ「綺麗でしょ」

壬久「うん! 時計縁取ってるのはダイヤみたいだし……指輪のこれ、
 サファイア? しかも星入ってる」

さかえ「入れ物の底にしまってある手紙に、説明が書いてあるって言ってたわ」

壬久「……あ、ホントだ。台紙外したらなんか出てきた」

さかえ「じっくり読んであげなさい。お母さんは向こう行っとくから。で、駒子ちゃ
 んはどこにいた?」

壬久「天馬さんと、庭に」

さかえ「そう、じゃあ行ってくるわね」

 

○ 神久保本家・庭

天馬「あー、駒さん。あの」

駒子「どうしたの? 天馬」

天馬「バタバタしてこっちに来ちゃったんで、なんにも用意出来なかったから
 後でちょっと街に出ませんか?」

駒子「え、着替えとかなら充分あるじゃない」

天馬「いや、そうじゃなくて……」

駒子「それじゃあ、何?」

さかえ「駒子ちゃん、お話の最中悪いけど……ちょっとこっちにいらっしゃい」

駒子「あ、おばちゃん。どうしたの? あ、天馬も一緒じゃダメ?」

さかえ「一緒で良いわよ。とりあえず縁側にでも座って」

天馬「あ、失礼します」

さかえ「駒子ちゃんもいい男見つけたわねえ」

駒子「ふふ、壬久のおかげなの」

さかえ「あらそうなの?」

駒子「壬久が私に声優させてくれたから、天馬に会えたのよ」

さかえ「まあ、そんな前からの知り合い?」

天馬「あはは、駒さんの追っかけでした。高校の頃から」

さかえ「赤い糸が向こうから来たのね」

天馬「ははは」

駒子「ホントねえ。ところで一体?」

さかえ「こういう時が来たら、ってことで壬子さんに頼まれてたものがあって」

駒子「お母さんに!?」

さかえ「形見分けって言うのかしらね。今更なんだけど」

駒子「何? どんなもの?」

さかえ「壬久のと大して変わりないんだけど、時計と指輪」

駒子「わ! スタールビーだ。時計もなんか豪華……」

天馬「ほんとですね。すごいな」

さかえ「それから、壬子さんの手紙が箱の底にはいってるわ」

駒子「えっ!」

さかえ「一緒に読んであげたら喜ぶと思うわよ」

 

○ 神久保本家・居間

敦也「わー、メチャメチャ堪能した」

壬久「……あ、おかえり。あっちゃん。面白かった? 私の部屋」

敦也「宝の山じゃないか。アプルなんかのキャラの初期設定やら」

壬久「そんなものまで掘り出したの?」

敦也「え、ファイルにきちんとまとめられてたぞ」

壬久「……お母さんか」

敦也「何読んでるんだ? あれ、神久保……いや、壬久。お前泣いてた?」

壬久「うん……ちょっとさ」

敦也「あ、しかもこれなんだ? すごい高そうなアンティーク……」

壬久「壬子お母さんの、形見っていうか。私への結婚祝」

敦也「ほー」

壬久「15年前、私まだ10歳だったから……たまにしか会わないあの人が
 ほんとのお母さんだなんて、思いもしなかった」

敦也「まあ仕方ないよなあ。しかしうちの親父に電話したら、びびりまくって
 たぞ」

壬久「あはは……」

敦也「縁って、不思議だなあ」

壬久「うん……壬子お母さんからの15年目の手紙読んでてもそう思う」

敦也「読んで読んで。聞きたい」

壬久「……壬久へ。あなたがこの手紙を読む頃、あなたは素敵な女性になっ
 ているのでしょうね。駒子とはまだ仲良くしてくれているかしら。そして、もう
 自分の本当の親が誰なのか、知っているのかしら。最後に会ったあなたは
 男の子みたいに元気で、でも絵を描くのがとても上手でしたね。もっともっと
 あなたの成長を見届けたかったけれど、私はもう遠くへ行かなくてはなりま
 せん。ごめんなさいね。私自身の手であなたを育てることが出来ずに、おば
 と姪という関係でしか、あなたに接することができなかった。こんな私を許し
 てください。青が大好きだというあなたのためにサファイアの指輪と、あなた
 と一緒に時を刻みたかった私の願いを込めてメレダイヤを散りばめた時計を
 贈ります。……最後に一つだけ。駒子とあなたは、同じ両親から生まれたと
 いうことを言い遺しておきます。多分いろんな憶測を他人から聞くことになる
 かと思うけれど、真実を知っているのは一人だけです。この指輪の石が、
 すべてを証明してくれるでしょう」

敦也「……生きてるうちに会いたかったな」

壬久「うん……」

 

○ 神久保本家・庭(縁側)

駒子「う……お母さん」(涙ぐむ)

天馬「……素敵な、人だったんですね」

駒子「おかあさんの仕事、何回か見たことあるんだけど……すごいの。演技し
 てる時のお母さんって命削ってるって言うか、鬼気迫るものがあって。でも
 演技を終えて私のところに来てくれた時は、すごい優しく笑うの。小さかった
 私は、どっちもお母さんなんだって頭ではわかってても、何かすごい戸惑っ
 てしまってお母さんを困らせちゃった……」

天馬「ああ、分かりますよその気持ち」

駒子「今だったら、素直に言えるのに。お母さんすごい、って」

天馬「その気持ちは、伝わってますよ」

駒子「そうかなあ」

天馬「だって、駒さん見てれば分かります」

駒子「……なんかさ、それ私がまるで単純だとでも」

天馬「駒さんは単純です。分かりやすいですよ」

駒子「天馬ぁ!」

天馬「そこが可愛いんです。壬子さんもそうだったんじゃないんですか?」

駒子「か、かわいい?」

天馬「はい」

駒子「う……誤魔化されてる気がする」

天馬「俺は思ったままを言っただけです」

駒子「天馬っていつからそんな自信たっぷりになったのよ」

天馬「え? 俺がですか?」

駒子「この間の放送、評判良くて……結局私が産休とる秋から、あんたが
 交代で番組やることになったからって」

天馬「あ、いや。思い上がってなんかいませんって」

駒子「誰もそんなこと言ってないわよ」

天馬「は?」

駒子「そんなあんた、好きなんだけど」

天馬「駒さん〜」

駒子「あはは! 私の勝ち!!」

天馬「勝ち負けの問題じゃないでしょう……まったくもう」

 

○ 神久保本家・台所

さかえ「あら、敦也さん」

敦也「お義母さん、なんか手伝いますよ」

さかえ「まあ、有難うございます。じゃあお米研いで頂けますか?」

敦也「はい。えっと……米びつは」

さかえ「こっちです。上の棚に」

敦也「ああ、やっぱ同じかあ」

さかえ「あっちの家でも?」

敦也「そうなんですよ。俺身長高いから良いけど、壬久には届かないのに
 上に置いてるから、最初びっくりしました」

さかえ「ふふ、上の棚にお米を収納するのはしゅうとめに教わったんですよ」

敦也「ああそっか。俺が住み始めたときはもう、おじいさんもおばあさんも
 亡くなってたしなあ」

さかえ「あの子たちは律儀に守ってるんですね。家の伝統」

敦也「なんかいいですね、そういうの」

さかえ「そういえば、敦也さんのご実家にはいつ壬久を連れて行くんですか?」

敦也「ああ、この間ここから電話したとき親と話したんですけど……どのみち
 17回忌の法要が終わるまではこっちにいさせてもらえって」

さかえ「じゃあ、法事が終わってからなんですね。私もお伺いしないといけない
 から確かにその方が良いですね」

敦也「順番、狂っちゃいますけど……結納みたいなこともちゃんとやったほうが
 いいですよね?」

さかえ「ああ、そこまで気になさらなくても。ペアのシンプルな結婚指輪を準備
 してくだされば、それで」

敦也「あ、そうか! バタバタしてて忘れてました」

さかえ「駒子さんと天馬さんもそうだったんでしょう。二人とも指輪してない
 みたいですから。もっとも天馬さんのご実家には、もう挨拶に行ったそう
 だけど」

敦也「だから遅れてきたのか」

さかえ「ええ、それと仕事上の都合と言っていたけれど。たぶん代役の人への
 引継ぎでしょうねぇ」

敦也「ああ……ところで、結婚指輪って、相場はどのくらいなんでしょうか」

さかえ「ペアで、ノーブランドなら数万円からあるみたいです。ブランドものなら
 10万以上」

敦也「……壬久はブランドにはこだわらなさそうだけど、でもさすがに数万円
 程度じゃあなあ」

さかえ「でも、大事なのは敦也さんの気持ちですよ。金額じゃありません」

敦也「うーん、でもなんかここで出さなきゃ男が廃りそうな気がします」

さかえ「ふふ」

敦也「妊娠の超初期だから、壬久引っ張りまわすわけにいかないし……
 天馬さんと一緒に見繕って来ようかなあ。街に出て」

さかえ「なんでしたら、長い付き合いのある宝石商を直接呼びましょうか?」

敦也「ああ、その手もありますね」

さかえ「壬子さんも良く利用してて。彼女もそんなにたくさん買ったわけじゃ
 なかったけど、一緒に見せてもらうだけで楽しかったわ」

敦也「あー、でもできるなら壬久とかにはナイショにしたいなあ」

さかえ「うふふ。指のサイズは後で理由つけて、私の指輪ではからせておき
 ますね」

敦也「すみません、お願いします」

 

○ 神久保本家・居間

駒子「あ、壬久。あんたもお母さんからもらった?」

壬久「駒ちゃん。うん、もらったよ。これ」

駒子「あ、サファイアだ。そういえば私のはルビーなんだけど、実は成分が一
 緒って知ってた?」

壬久「ルビーとサファイア?」

駒子「うん」

壬久「あー、なんかそう言うネタ、友達の同人誌で読んだな。確か双子石って
 呼ばれてるって」

駒子「あんたの知識は同人誌からかい。まあいいけどさ……でも、双子石ね。
 なるほどね」

壬久「そういえば壬子お母さんからの手紙、駒ちゃんのには入ってた?」

駒子「入ってたよ。さっきそれで泣いちゃった」

壬久「あ、私も泣いた。ところで私と駒ちゃんって、お父さんも同じなんだって」

駒子「そうなの? それは書いてなかったから知らないけど」

壬久「誰なんだろ」

駒子「まあ、追求しなくても良いんじゃない? 噂は色々聞いてたけど」

壬久「そっか、そりゃ駒ちゃんはいやでも耳に入っちゃうよね」

駒子「私はお母さんがいれば良かったから、何言われても聞き流してた」

壬久「そうだね。私も、私にとっての両親って死んだお父さんと、今のお母さん
 だもん。壬子お母さんはお母さんって実感ないし」

駒子「それが正直な気持ちだよね」

壬久「まあでも、どこかにいるんだったら……結婚したよ、幸せだよ。ってこと
 くらいは伝えたいかも」

駒子「ああ、まあそれはわからないでもない。でももしかしたらさ、『お父さん』は
 私達がいること知らないのかも」

壬久「あ、そっか。知ってるのは壬子さんだけ……」

天馬「あの……駒さん、壬久さん、お昼ご飯の支度が出来たそうです」

駒子「あ、びっくりした。天馬いきなり現れないでよ」

壬久「駒ちゃん駒ちゃん。そんな風に言わなくても」(苦笑)

天馬「いきなり現れてすみません」

壬久「ほら拗ねた」

駒子「天馬。拗ねたらめし抜きよ」

天馬「それはいやです」

駒子「はっきり言うようになったわね、天馬」

壬久「いつまでも、やってなさいよ。二人とも」

駒子「そこ、五七五で言わない」

 

○ 床の間

さかえ「やっと来たわね」

壬久「ごめん、お母さん」

さかえ「さあさ、みんな席について」

駒子「はーい」

天馬「あ、美味そう。いろいろある」

敦也「俺が作ったんだぞー、みんな食えーっ」

壬久「そういえば博道は?」

さかえ「今日は夕方まで講義があるらしいけど」

壬久「そっか、なんか帰って来てからまともに顔合わせてない気がするなあ」

さかえ「気恥ずかしいんじゃないの? まだ難しい年頃でしょ」

駒子「あ、でも私話したよ。子供の時のこと、いろいろゴメンって言われた」

壬久「あいつ駒ちゃんになにかと突っ掛ってたもんね」

駒子「おばちゃんが優しかったからじゃないの? 私に」

さかえ「私は普通に接してたつもりだったんだけどねえ。だってほんとは
 駒子ちゃんも引き取りたかったのよ」

壬久「そうだったの?」

駒子「ああ、お母さんに何度か聞かれた覚えがある。ここの子になる?
 って」

壬久「でもそんなこと聞かれるのもイヤだったでしょ」

駒子「まあねえ。ほんとのお母さんを知ってるのに、親戚とはいえわざわざ
 余所の子になりたい子供なんていないでしょ」

さかえ「壬子さんとも何度も話をしたんだけど、駒子ちゃんだけは手放せない
 って言われたわ」

駒子「私がその話出るたびに泣いちゃったからかなあ。おばちゃんのことは
 大好きだけど、お母さんとは呼びたくなくて」

さかえ「それは分かるわ。なんにしても、良かった。二人ともいい人見つけて
 くれて」

駒子「もう心配かけない。絶対幸せになるから。壬久も私も」

壬久「駒ちゃん」

駒子「おばちゃん、今までほんとにありがとう」

 

○ キッチン

天馬「……縁って、ほんとに不思議ですよね」

敦也「ああ、俺もまさか教師になってひとめぼれした子を嫁に出来るとは」

天馬「待った甲斐がありましたね」

敦也「うん。10年か……考えてみりゃすごいな」

天馬「俺も、駒子さんを知って9年ですよ」

敦也「運命を信じるって大事だなあ」

天馬「俺が追ってたのは、運命だったのか」

敦也「まあしかし、まーさか天馬さんが義理の兄になるとは」

天馬「あはは」

敦也「おにいさま、以後よろしくお願いします」

天馬「敦也さんに言われても、萌えないなあ」(笑いながら)

敦也「ひどい〜」

天馬「とりあえずとっとと洗い物済ませちゃいましょう」

敦也「ですね。あ、そうそう……天馬さんに片付け手伝ってもらったのは
 理由があって」

天馬「え?」

敦也「俺もバタバタしてたんで忘れてたんですけど、天馬さんも忘れてませ
 んか? 結婚指輪」

天馬「ああ! そうなんですよ」

敦也「俗に言う給料3ヶ月分のほうはもう準備されちゃってたから仕方ないけど、
 結婚指輪はちゃんと俺らで準備したいなあと思ったんで……折を見て街に
 出ませんか? 二人にはナイショで」

天馬「そうですね。そうしましょうか。駒子さん気付いてないみたいなんで」

敦也「じゃあ、出来るだけ早いうちに」

天馬「法事までにはどうにかしておかないと、誰かに指摘されそうですよね」

敦也「そうそう。神久保の一族が集まるだけじゃなくて、なんか壬子さんの
 仕事の関係者も来るそうだし」

天馬「うわー、業界関係者ですか。それはほんとに急がないとヤバいな」

 

○ 居間

さかえ「ちょっと二人とも、この中から好きなの選びなさい」

駒子「え? なになに?」

壬久「お母さん、何?」

さかえ「私もあなたたちのおばとして、贈り物したいの」

駒子「うわ、すごい。イヤリングとかネックレスとかいっぱい」

さかえ「指輪もたくさんあるから、とりあえずつけてみて」

壬久「私これ! おかあさんサイズいくつだっけ?」

さかえ「私は今は10よ。若い時は9だったけど、博道を生んだあたりは
 ちょっと太っちゃって12とか13もつけてたわ」

駒子「お母さんがくれたのが大きい石だから、ちょっと小さい石のついた
 おしゃれなのが良いなあ。あ、ピンキーリングって興味あるんだけど
 そんな小さいのある? おばさん」

さかえ「小指につけるの? ああ……そうね。そういえば壬子さんがくれ
 たのが。ところで駒子ちゃんは左の薬指のサイズは?」

駒子「私? 私は9号」

さかえ「壬久は?」

壬久「え、私……確か10号」

さかえ「じゃあこれと、これがいいかも。こっちのは小指ね。並べてつけると
 綺麗よ」

駒子「あ、綺麗。いいなあ」

壬久「私は仕事上あんまりつけないからなあ。アクセサリーは」

駒子「アクセサリーケースに飾っとくだけでも楽しいよ」

壬久「まあそれはそうだね。この際一気に集めてみるか」

さかえ「どうせ私が持ってるのもいずれあなたたちのものになるんだから、
 好きなだけ持って行きなさい」

壬久「博道が嫁さんもらったらどうするのよ」

さかえ「あの子はジュエリーデザイナーになるために美大行ってるのよ。自分の
 奥さんには自分が作ったものあげるでしょ」

壬久「……それで美大だったの?」

さかえ「壬久の影響受けて、もともと絵は上手だったけどね。高校生の頃に
 進路決めたらしいわよ」

 

○ 玄関

博道「ただいま」

壬久「おかえりー、博道」

博道「姉さん、ただいま。じっとしてなくて大丈夫?」

壬久「重病人じゃないんだからさ」

博道「そっか。まあでも気をつけないと」

壬久「分かってるよ」

博道「しっかし姉さんがいきなり結婚しちゃうとはなあ」

壬久「まあ色々あったからね。部屋に荷物置いて早くおいで」

博道「うん」

 

○ 博道自室

博道「あー、まだなんか照れ臭いな。姉さんと話すの」

 電話が鳴る音

博道「ん? 外線? ……はい、もしもし。神久保ですが」

江田『あの、江田と申しますが……』

博道「母に代わりましょうか?」

江田『ああ、はい。今度の法要に参加させて頂くのでそのことで』

博道「ああ、じゃあやっぱり母に代わります。ちょっと待って下さい」

江田『すみません』

 内線に切り替える音

博道「……あ、母さん? 江田さんって言う方から電話。今度の法要の
 ことだって」

さかえ『あら、どうしたのかしらね』

 

○ キッチン

さかえ「はい、神久保ですが」

江田『あ、江田と申します。お葉書を頂いたので』

さかえ「ああ、急に申し訳ありません。壬子さんが17回忌の法要に
 江田さんをお呼びしてくださいと、つい最近発見した遺言に書いて
 あったので」

江田『そうだったんですか』

さかえ「駒子ちゃんに話を聞いたら、駒子ちゃんもとてもお世話になって
 いたそうで」

江田『いえいえ、世話なんて。そういえば驚きましたよ。彼女結婚した
 んですね。橘君と』

さかえ「ええ。急で私もびっくりしました。うちの子……いえ、駒子ちゃんの
 実の妹の壬久も結婚したんですけどね」

江田『壬久さん!? 神久保君が同居してる従妹だと言ってた方ですか?』

さかえ「ええ。あの子たちも結婚するに至って知ったんですよ。戸籍で」

江田『ああ、そういえば役者仲間から聞いたなあ。神久保君より、その
 従妹の方が壬子さんに似てるっていうのは。そうか……彼女が2番目
 の子だったのか』

さかえ「江田さんはそのあたりの事情はご存知だったんですね?」

江田『はい。父親が誰かは聞いてませんが』

さかえ「……そうなんですか。ところで法要には?」

江田『ああ、当日駆け込みにはなりますが参加出来ます』

さかえ「お忙しいところすみません。壬子さんの最後の我侭と思って、聞いて
 上げてください」

江田『もちろん。彼女の我侭なら、なんでも聞いてあげたかったですよ。もう
 今更遅いでしょうが……』

さかえ「遅いなんてことはありませんよ。では、お待ちしております」

江田『はい。では突然のお電話失礼しました』

 

○ 床の間

さかえ「さあさ、ごめんなさいね。博道が降りてきたら夕食にしましょう」

壬久「さっき電話鳴ってたけど、誰から?」

さかえ「法要に参加される方からよ」

壬久「ふうん。何て?」

さかえ「こっちが急にお呼びしたもんだから、当日駆け込みになりますが
 参列しますって」

壬久「なんで急に呼ぶことになったの? 壬子さんの仕事の関係者は
 もうとっくに手配済みだったでしょ?」

さかえ「……それがね、壬子さんの手紙がつい最近配達されてきて。
 誰かに預けてあったものらしいんだけど、それに書いてあったの。
 その方を呼んでくださいって」

駒子「おばちゃん、その手紙、私も読んでいい?」

さかえ「ちょっとプライベートなこと書いてるから……」

駒子「駄目なの?」

さかえ「壬子さんが、ね。子供たちには……って」

壬久「まあ壬子さんには壬子さんのプライベートがあるし。ね?駒ちゃん」

駒子「……そうだね。触れて欲しくないこと書いてるんだろうね」

天馬「駒さん……」

さかえ「ごめんなさいね」

壬久「お母さんと壬子さんって、すごい仲良かったよね。そう言えばさ」

さかえ「お父さんと結婚してこの家に来たときから、息投合してね」

駒子「一緒に写ってる写真も多いよね。都内の家の方にも飾ってあるし」

さかえ「お父さんとケンカすると、後で壬子さんが必ず電話でお父さんを
 叱ったものよ」

壬久「妹に頭の上がらない親父だったのか」(苦笑)

敦也「まるで壬久に弱い俺みたいだな。あ、おかえりー。博道君」

博道「ただいま、敦也さん。あーあ、おなか空いた……もうご飯出来てる?」

壬久「あ、博道。やっと降りてきた」

さかえ「みんなあなたを待ってたのよ。そっちに座りなさい」

 

壬久M「壬子さんの、母さんへの手紙に何が書いてあったのかは私も
 気になる。でも、知られたくないことがあるのなら、今はまだ知らなく
 てもいいと思った。それが、本当のお母さんの十五年目の遺言なら
 尚更……」

 

2へつづく

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