神久保荘へようこそ 3 「意外な血筋」

 

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神久保壬久(かみくぼ みく) 女・十代でデビューした漫画家・25歳
何かというとアナログ志向
神久保駒子(かみくぼ こまこ) 女・26歳。壬久の従姉
ラジオのパーソナリティ・元声優
坂下敦也(さかした あつや) 男・33歳。壬久の高校時代の担任
現在は神久保家の同居人兼アシ
パソコンに強いデジタル志向
橘 天馬(たちばな てんま) 男・24歳。放送局勤務。
かつて駒子のおっかけをしていた。
城野新王(じょうのあらお) 男・31歳。江葉出版勤務。
経済誌・BL誌・少女漫画誌の編集長。
景山桐乃(かげやまきりの) 女・30歳。元コスプレイヤー。
壬久デビュー時からのファン。

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○ 江葉出版社・少女漫画編集部

城野「はい、フラワー・ルル編集部です。おや、壬久ちゃんお久し振り」

壬久『アラオさん、この間のお話はまだ生きてます?』

城野「ああ、ボーイズラブの読みきりのお願い?」

壬久『ええ、時間が出来たんで今度の季刊誌に間に合わせられそうです』

城野「うわー、助かるよ」

壬久『じゃ、何ページですか?』

城野「壬久ちゃんは目玉になるからねえ……40、いや60ページでどうかな」

壬久『何週間くらいもらえます?』

城野「んー、今週末までにネーム切ってもらって、2週間ないし3週間」

壬久『わかりました。じゃあそれで』

城野「あ! 壬久ちゃん壬久ちゃん」

壬久『はい?』

城野「坂下君にさ、うちの編集部入る話……それとなく言ってみてくれない?」

壬久『ああ、前も聞いてみたんですけどね……』

城野「何て言ってた?」

壬久『自由な時間減るのがイヤだって』

城野「……そんなこと言ってもねえ」

壬久『あっちゃんはアシとしても役立ってますよ。だからうちからもそれなりの
 お給料出してますし』

城野「まあ、壬久ちゃんたちのトラブル処理班でもあるからタダメシ食ってるわけ
 じゃあないんだろうけどさ」

壬久『正直、いつも居てもらった方が落ちつくんですよね』

城野「そっかあ、まあいいや。じゃあまたね。その内酒でも持って遊びに行くよ」

壬久『お待ちしてます。あっちゃんも喜ぶと思いますよ。昔のイベント仲間だし』

 

○ アパート・壬久の作業部屋

敦也「あ〜、ひと仕事終えたあとのお休みって天国だ! 明日はアキバで
 一日中遊んでこようかな」

壬久「そうもいかないんだな。早速仕事入ったよ」

敦也「……マジっすか?」

壬久「まあ数日は私一人が頭抱えることになるけどさ。その後はまた修羅場」

敦也「……さっきの電話?」

壬久「うん」

敦也「もしかしていつもみたいに仕事もらうためだったの?」

壬久「せっかく一週間空いたし、無駄に休むよりは仕事入れたほうがいいかと思って」

敦也「……神久保、お前働き過ぎだぞ」

壬久「大丈夫大丈夫。来月はちょっと骨休めするし」

敦也「どっか旅行にでも?」

壬久「いんや、定例の検査入院」

敦也「あぁ……お前のとこの親父さんが若くして癌で亡くなったからな」

壬久「……駒ちゃんとこのお母さんもね。だから一年に一回は検査するの」

敦也「……今年は俺もお泊まり検査するかな。さすがにこの年になると不安も増える」

壬久「もうあっちゃんも33か…」

敦也「30までには神久保を嫁にもらおうと思ってたのに」

壬久「……稼ぎが私を超えてから言ってみな」

敦也「うううう」

 

○ 放送局・ブース内

駒子「身体には気をつけたほうがいいですね。最近芸能人も急逝する方が
 多いですから。病気に限らず自殺もですね。不安定な精神状態は身体からの
 危険信号だと考えています」

 

○ アパート・壬久の作業部屋

壬久「そういえば駒ちゃん、過労でぶっ倒れたなあ。18の時……」

敦也「サイン会キャンセルになって、徹夜で並んでたファンがぶち切れて店の
 前で暴れたっけなあ」

壬久「……あの日、坂下センセー学校休んでたような」

敦也「ギク」

壬久「風邪だって言ってたけど、翌日ホームルームでその騒動の話してたよね。
 サイン会はうちらの田舎じゃなくて都内であったことなのに」

敦也「……そんな細かいこと良く覚えてんなあ」

壬久「だってさ、原作者としちゃ責任感じたわけよ。ファンを制御しきれなかったことにさ」

敦也「ああ……」

壬久「ついでに言えば駒ちゃんが倒れたって聞いて慌てたんだ。おばさんの時に
 状況似てたから」

敦也「あ、前から聞きたかったんだけどさ」

壬久「ん?」

敦也「駒ちゃんをアプル役に押したのはやっぱ神久保?」

壬久「んー、まあアレだけは原作者としてのわがまま通してもらったって感じ。
 駒ちゃんの声イメージして作ったキャラだったし」

敦也「そうかあ、やっぱりなあ」

壬久「……それにさ、駒ちゃん役者目指してたから後押し出来ればと思って。
 亡くなったおばさん、女優だったし」

敦也「え?」

壬久「保山壬子(ほやまじんこ)って知ってる? 15年くらい前…主演映画の
 公開直前に急逝した女優」

敦也「ああ! うちの親父がファンだった」

壬久「知られてないけど、あの人が駒ちゃんのお母さんで、わたしのおばさん」

敦也「ええっ? あ……そう言えば確か壬子の“ジン”って壬久の“ミ”だな」

壬久「駒ちゃんと私が気が合うのは、よくうちに預けられてたから。姉妹みたいな
 もんなんだよ。おばさんはなかなか駒ちゃんの面倒見れなかったし」

敦也「…………」

壬久「彼女……高校入ってからは、祖父母の経営してたココで暮らし始めたのね」

敦也「うん」

壬久「でも自立したがってたから、そのきっかけを作ったってワケ。
 駒ちゃんは私の大事なお姉ちゃんだから」

敦也「……エエ話や」

壬久「アニメ化の話はホントに渡りに船だった。私の仕事も軌道に乗ったし」

敦也「俺もなあ、まーさか気になる生徒があの漫画の作者だとは知りもせずに」

壬久「しかし、あっちゃんのお父さんがうちのおばに萌えてたっていうのは……
 やっぱ遺伝するのかなあ。好みって」

敦也「そうかもなあ……そういや少し顔が似てるな」

 

○ 放送局・スタッフルーム

天馬「え? ああ、検査の話ですか?」

駒子「ちょっと休暇を兼ねてね」

天馬「番組どうするつもりですか?」

駒子「……それなんだけどさ、ちょっと天馬に試練与えてみようかと」

天馬「し、試練って」

駒子「私のレギュラー番組、一週間だけパーソナリティ引き受けてみない?」

天馬「ええっ!?」

駒子「ディレクターに話はしておいたからね」

天馬「そ……そんな急に言われても」

駒子「来月の話よ。 それとも何? こんなチャンス、みすみす棒に振るわけ?」

天馬「……脅さないで下さい」

駒子「ここで引き受けなかったら、私が仕事やめるまで番組持たせないわよ」

天馬「結局俺に選択権ないじゃないですか」

駒子「ナイわよ。だって私の穴埋めるのはあんたしかいないって思ってたから」

天馬「え?」

駒子「頼まれてくれるでしょ? 天馬」

 

○ アパート・壬久の作業部屋

壬久「ちょっと、気分転換に本屋にでも行ってくる」

敦也「いってらっしゃーい」

 

○ 近所の書店

壬久「さてさて……ボーイズラブ雑誌と」

桐乃「あ! 壬久先生!」

壬久「ん? ……あ、どこかで」

桐乃「お久し振りです! 最後にお会いしたの3年前のサイン会でしたよね」

壬久「ああ! あのリムジンでサイン会に来たお嬢様」

桐乃「……そんな恥かしい覚え方しないで下さい」

壬久「確かアプルのコスプレ衣装も全部ばあやさんが」

桐乃「いえ、オートクチュールです。出入りの業者の」

壬久「……それもすごいよね」

桐乃「あはは……コスプレはもうやめたんですよ。あれから結婚したので」

壬久「ああ、それはおめでとうございます。近所にお住まいですか?」

桐乃「ええ、すぐ近くってワケじゃないんですけど……最近は自分で愛車を運転して
 いろいろ買いに出かけてます」

壬久「おー、自家用車かあ……いいなあ。私免許持ってないから」

桐乃「楽しいですよー。自分で運転するのって」

壬久「ちなみに愛車は?」

桐乃「小さいけどベンツです」

壬久「(ぼそっ)……やっぱりバブルは未だ健在か。さりげなく全身ブランドだしなあ」

桐乃「ところでセンセイは何故書店に?」

壬久「ああ、商業からボーイズラブの原稿依頼が来てね」

桐乃「センセがボーイズラブ!? 珍しくありません?」

壬久「もともと嫌いじゃないしね。でも最近の傾向ってイマイチ掴めなくてさ」

桐乃「ああ、市場調査ですか?」

壬久「ウン」

桐乃「うちの蔵書ご覧になりません? 国会図書館並にボーイズラブ雑誌ありますよ?」

壬久「……すご」

桐乃「発行されてるのは全種類買ってますから」

壬久「ぜひお邪魔させていただきます」

 

○ アパート・敦也の部屋

(SE:電話の音)

敦也「はい。あ、神久保。どうしたんだ? え? ボーイズラブ図書館!?
 どこにそんな美味しい場所が……いやいや。ああ、図書館みたいなとこが
 あるからそこに行くのか。帰り遅くなる? うん、わかった」

敦也M「神久保が妙な仕事引き受けてきたせいで、アキバを自由に散策出来る日は
 ちょっと遠くなりそうだった。まあそれはそれでいいんだけど……」

敦也「しょうがない、ネットの海でも徘徊するか……。そういや、神久保って漫画家歴
 長いのにホームページも持ってないんだなあ。、まあ絶対絵をスキャンさせないっ
 てのも要因かも知れないけど。そうだ。この間少年誌の編集さんも言ってたし俺が
 神久保のサイト作ろう。絵がなくても、ネタはいろいろある!」

 

壬久M「あっちゃんは私の知らないところで突然うちのサイトを作り始めた。その名も
 『神久保荘へようこそ』。でも、そのホームページ……そんなに間を置かずに
 タイトルを改名することになるなんて誰が予想出来ただろう。ねえ? あっちゃん」

 

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