神久保荘へようこそ 5 「思い出がおっぱい」

 

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神久保壬久(かみくぼ みく) 女・十代でデビューした漫画家・25歳
何かというとアナログ志向
神久保駒子(かみくぼ こまこ) 女・26歳。壬久の従姉
ラジオのパーソナリティ・元声優
坂下敦也(さかした あつや) 男・33歳。壬久の高校時代の担任
現在は神久保家の同居人兼アシ
パソコンに強いデジタル志向
橘 天馬(たちばな てんま) 男・24歳。放送局勤務。
かつて駒子のおっかけをしていた。
神久保 栄(かみくぼ さかえ) 女・50歳。主婦。
壬久の母。駒子のおば。
警備員 放送局警備員

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○ アパート・作業部屋

壬久「あー……そろそろ限界」

敦也「仮眠したほうがいいんじゃないのか? 神久保」

壬久「そうだね……駒ちゃんももう寝てるし」

敦也「今出来てるとこまでの枠線とトーンは、やりあげておくから」

壬久「うん。今何時だっけ? 11時か。うーん、三時間……いや、ちょっと
 五時間くらいは寝てくる。頭をすっきりさせたいし」

敦也「おやすみ」

 (少々間を置く)

敦也「今んとこペン入れ完了なのは40枚か。しかし神久保ってハイペース
 だよな。まあ高校生の時にも1ヶ月トータルで32〜48ページはこなしてた
 からなあ。俺はそれも知らずに課題までさせてたわけか……遅れて提出
 したことなんかなかったのにな」

 (SE:電話の音)

敦也「お? ……はい、神久保です」

さかえ『こんばんは、夜分遅くにすみません。壬久の母です』

敦也「ああ! 神久保……いや、壬久さんのお母さん」

さかえ『あら、坂下先生ですか?』

敦也「はい、お久し振りです」

さかえ『まあお久し振りです。ところで壬久は?』

敦也「あー、ついさっき寝ちゃったんですよ」

さかえ『あらまあ』

敦也「起こすの可哀想なので、用件伝えますよ」

さかえ『ああ、いえ大したことじゃないんですよ。ただもうすぐ義妹の十七
 回忌の法要があるので、そのことで』

敦也「義理の妹って、保山さんのことですか?」

さかえ『ええ、本名は神久保壬子なんですけどね』

敦也「実はつい最近知ったんですよ。凄い驚きました。うちの親父が大ファン
 だったので」

さかえ『まあ、そうだったんですか。よければ今度は坂下先生も法要に
 おいでになりませんか?』

敦也「え、俺がですか?」

さかえ『はい、是非』

敦也「俺は別に構いません。それで、いつ頃なんですか?」

さかえ『来月の下旬なんですよ。こちらにある神久保の家の菩提寺で』

敦也「あ、ちょうど壬久さんも駒子さんもあいてますね。検査入院のために
 休みを取ってますから」

さかえ『ええ。壬子さんもそうだったんですけど、うちの夫もご存知の通りな
 ので……心配なんですよ』

敦也「壬久さんって、根を詰めすぎるところがありますからね。さっきも高校の
 時のことを思い出してました」

さかえ『そういうところは、さすがに壬子さん譲りみたいで。うちに預かってる
 間の駒子ちゃんもでしたけどね……やっぱりあの子たちは同じ血を引いて
 るから、余計に心配なんです』

敦也「ああー、イトコとはいえ結構似てるもんなあ」

さかえ『……坂下先生には知っておいて頂きたいこともありますから、あの
 子たちと一緒にいらしてください』

敦也「あ、はい。あの……お母さん」

さかえ『はい?』

敦也「先生、はもうやめてください。俺はもう教師ではないので」

さかえ『ああ、すみません。じゃあ、坂下さん。壬久をお願いしますね』

敦也「はい。彼女を全力でお姫様だっこして守ります」

さかえ『早く……壬子さんと夫の墓前でいい報告を聞けるように願ってます』

 

○ 橘天馬自宅マンション

天馬「……お、12時ジャスト。まあしょうがないか。あんな話聞かされたんじゃあ
 飲まずにいられないよな。ちょっとラジオ聞いて、シャワー浴びて……寝よう」

 (ラジオのスイッチ入れる)

ラジオ(駒子)「男のアブラ肌は、恋の眼鏡を曇らせる! 輝く夏の恋には男の
 洗顔料・クリアフェイス!!」(ややアニメ声で)

天馬「なんでこうも、タイミングいいというかなんというか。これ駒さんじゃん。まあ
 やっぱり元声優だけあるなあ……うまいや。俺も、頑張らなきゃ」

 

○ アパート・作業部屋

敦也「うーん、流石に目が疲れた……。ちょっとラジオでも」

 (ラジオのスイッチ入れる)

ラジオ(駒子)「男のアブラ肌は、恋の眼鏡を曇らせる! 輝く夏の恋には男の
 洗顔料・クリアフェイス!!」(ややアニメ声で)

敦也「おー、駒ちゃん。そうか、今はパーソナリティだけど声優だったわけだから
 こういう仕事もアリなんだ。これは昔のファンとかちょっと喜びそうだな。ま、俺も
 ご他聞に漏れずアプルファンだったわけだけど。神久保……壬久ちゃんには
 ナイショナイショ。……とっくにバレてるかもだけどな」

 

○ 橘天馬自宅マンション

天馬「なんかなつかしいな。俺が駒さんの声に出会ったのは、高校一年の時か。
 あの時、いろいろあってすさんでたのに……たまたまつけたテレビで流れた
 アニメのCMでアプルを見て、なんかいっぺんにいろんな気持ちが吹き飛んで。
 そんで、この携帯に入れてくれたセリフみたいに」

 (携帯を弄る)

アプル(駒子)「天馬! メールだよ!! 読んでくれなきゃ暴走しちゃうぞ!!」

天馬「まさか、その声がいつしか俺の名前まで呼んでくれるようになるなんて」

アプル「はい! 橘天馬はただいま運転中です! また後ほどかけ直しちゃっ
 て下さい」

天馬「駒さん……」

 

○ アパート・壬久自室

壬久「うー……」

目覚まし(駒子)「みーくみくみくみく!! おーきーろーっ!!」

壬久「はいはい、起きましたよ起きてますよ」

目覚まし(駒子)「みーくみくみ……」

壬久「ふんーーーーーーっ(背伸び)。はぁ……四時半か。よし、シャワー浴びて
 来よう。あ、そうだ。あっちゃんは……もしかしてまだやってんのかな。お風呂
 上がったらお茶でも入れてあげよう……コーヒーの方がいいかな?」

 

○ アパート・作業部屋

敦也「あー、やべ。俺も眠くなってきた。もうちょっと頑張りたいのになあ」

 (頬を数回はたく音)

敦也「原稿完成させるスピードアップして、神久保を楽させてやりたいんだ。
 なーんも知らなかった頃の罪滅ぼしに。……ん? もう五時前か。そろそろ
 神久保が起きてくるかな。よし、ちょっと眠気覚まししてこよう」

 

○ アパート・浴室

壬久「あー、すっきり。……しかし、鏡見る度に思うなあ。やっぱり寄る年波には
 勝てない。高校生の頃ほど肌に張りも艶もないし。いい加減もらってくれそうな
 うちに丸投げしたほうがいいのかな。飽きられちゃう前に」

(突然、脱衣所の扉開く)

敦也「さ〜て熱いシャワーでも……ん?」

壬久「きぁあーーーーーーーーーーっ!!」

敦也「うわっ! 神久保!! ごめんっ!!」(背中向ける)

壬久「……あっちゃんの」

敦也「んえ?」(振り返ってしまいそうになる)

壬久「あっちゃんのばかあああああああああ!!」

敦也「だからごめんなさいって……」

壬久「……」

敦也「俺、部屋戻る。ホントごめん」

壬久「ちょっと待って」

敦也「だからなんだよもー。振り返るに振り返れないじゃんか。この状況じゃ」

壬久「……振り向いてイイよ」

敦也「マジすか?」

壬久「聞きたいことがあるから」

敦也「な、なに?」

壬久「私あんまり変わってない? 昔と」

敦也「え?」(振り向く)

壬久「体操着とかスクール水着の格好とかしか覚えてないだろうけど」

敦也「……変わってる」

壬久「マジ? やっぱり?」(少々ショック)

敦也「うん。胸が……でかくなってる。でも、それ以外は変わらない」

壬久「胸だけ!?」

敦也「神久保の顔も体型も昔と何ら変わらない。胸だけ、大きくなってる」

壬久「あ……、その、あのさ、肌とかは?」

敦也「全然変わらない。艶々のまま。……すげーきれいだったんだな、神久保
 の肌って」

壬久「あっちゃん……」

敦也「……って、ごめん。このままじゃ俺、理性もたないからやっぱ部屋もどる。
 目が覚めたし」

壬久「うん、ありがと」

 

○ アパート・神久保荘の食堂

駒子「あ、いた。さっきの騒ぎ何よ」

壬久「あ、駒ちゃん……起こしちゃった? ゴメン」

駒子「ねえ、何騒いでたの?」

壬久「……お風呂場であっちゃんにばったり」

駒子「ああ、なんだ」

壬久「まあすぐ落ち着いたんだけどね」

駒子「あんたも純ね。そういえば壬久って経験ないんだっけ」

壬久「ないよぅ」

駒子「あはは。私は何人かいたしね。彼氏」

壬久「いつから!?」

駒子「え? 私の初体験、16よ」

壬久「同じイトコなのにこの違い……」

駒子「まあ、壬久はずっと彼氏いたようなもんでしょ。プラトニックの」

壬久「そうなのかなあ」

駒子「10年近くも何もなしに想い続けてくれる相手なんて、そうそういないよ」

壬久「そうだよね……」

駒子「それに、嫌いじゃないんでしょ。嫌いだったら相手が風俗行ったりするの
 気にしないはずだよ」

壬久「気にしてなんか……」

駒子「気にしてなかったって言える? だからチクチクいじめてたんじゃない。
 アキバから帰ってくるたびに」

壬久「…………」

駒子「私が気がついてないと思った?」

壬久「やっぱ、そこらへんはイトコだからこそか」

駒子「私にとって、壬久は妹だよ。一緒に育ったんだしさ……それに知ってる?」

壬久「え?」

駒子「役者さんの間ではあんたの方がお母さんに似てるって言われてるのよ」

壬久「あ、あっちゃんにもそれ言われた」

駒子「実はちょっと嫉妬してたんだよね」

壬久「駒ちゃん……」

駒子「まあ今だから言えることだけどさ」

壬久「…………」

駒子「早く幸せになんなさい。結婚もしないで死んだうちのお母さんみたいに
 ならないでさ」

壬久「うん……ありがとう、駒ちゃん」

 

○ アパート・作業部屋

駒子「おはよー、あっちゃん」

敦也「あ、おはよう。もう大丈夫?」

駒子「うん、しっかり眠れたし」

壬久「あっちゃん、コーヒー入れてきた」

敦也「あ、ありが……ありがとう」

駒子「ふふん。見ちゃったってのはマジみたいね」

敦也「あわあわ」

壬久「駒ちゃん……」

駒子「ところで今日は、私、午後からちょっとだけ出社するから。その前に
 区役所寄るけど」

壬久「区役所?」

駒子「ちょっと戸籍謄本(こせきとうほん)取ってこいって言われててさ……
 パスポートの切り替えが近いのよ」

壬久「ああ」

駒子「天馬が来るまでには、戻れると思う」

敦也「了解」

 

○ 橘天馬自宅マンション

天馬「あ、やぱっ……あのまま寝てしまった。風呂にも入ってない!」

アプル(駒子)「天馬ーっ、朝だよ! 天…」

天馬「……目覚ましかけてて良かった。とりあえず大急ぎで支度しなきゃな。
 ありがとう、アプル……そして、駒さん」

 

○ アパート・神久保荘食堂

駒子「いただきまーす」

壬久「いただきます」

敦也「お味噌汁、お代わりあるから」

壬久「はーい」

駒子「食べたら、出かける直前までは手伝うね」

壬久「うん、お願いね」

敦也「俺、朝食食べたらちょっと寝ようかな」

壬久「その方がイイよ。眠いんでしょ?」

敦也「うん、なんかまた眠くなってきた。とりあえず俺もいただきまーす」

駒子「いいよねえ、おさんどん出来る旦那様。ね? 壬久」

壬久「もう……駒ちゃん」

敦也「主夫もアシもやります! 俺をお婿にもらって〜」

壬久「……そのうちね」

駒子「お!?」

敦也「をを!?」

壬久「いいから早く食べて寝なさい」

敦也「は〜い」

駒子「報われる日も近そうねえ」

敦也「やっと実家に連れて行けるかも……あ、そうそう。昨日神久保のお母さん
 から電話があってさ」

壬久「母さんから!?」

敦也「もうすぐ、駒ちゃんのお母さんの法要があるからその時は戻ってこいって」

駒子「あ、そうか。もうすぐ命日だ。法要って何回忌?」

敦也「十七回忌とか言ってたけど」

壬久「もうそんなになるんだねえ」

駒子「ホント、早いわ」

敦也「んで、その時俺も来いって言われたから一緒に帰るぞ。北海道」

壬久「じゃあうちの実家が先だね、あっちゃん」

敦也「えっ?」

駒子「ホント、展開早いわ……」

 

○ 放送局

天馬「よし、時間に間に合った!」

警備員「困ります!」

天馬「ん?」

警備員「不審者として警察に通報しますよ。パスがない限りどんな方もお通し
 できないんですから!」

天馬「なんだ? あの男……警備員に何詰めよって」

 

○ アパート・作業部屋

壬久「あっちゃんは寝ちゃったし、駒ちゃんは出かけたし……さあ、気合い入れ
 なおして頑張ろう。……悩んでた話の展開もなんとなく思いついたし」

壬久M「今まで淡々と過ぎていた時間が、何となく変化し始めているのには
 気がついてた。でも、まさかあんなことになるなんて……」

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