神久保荘へようこそ 6 「フライング・ラブ」
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| 神久保壬久(かみくぼ みく) | … | 女・十代でデビューした漫画家・25歳 何かというとアナログ志向 |
| 神久保駒子(かみくぼ こまこ) | … | 女・26歳。壬久の従姉 ラジオのパーソナリティ・元声優 |
| 坂下敦也(さかした あつや) | … | 男・33歳。壬久の高校時代の担任 現在は神久保家の同居人兼アシ パソコンに強いデジタル志向 |
| 橘 天馬(たちばな てんま) | … | 男・24歳。放送局勤務。 かつて駒子のおっかけをしていた。 |
| ディレクター | … | 男・40歳。JTFMのディレクター。 |
| 夏見 由利雄(なつみ ゆりお) | … | 男・23歳。無職。 |
| 警備員 | … | 放送局警備員 |
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○ アパート・敦也自室
敦也「ふぁあ……もう一回寝る前に少しだけサイトのチェック、と」
起動音(駒子)「アプル、覚醒します!」
敦也「この起動音はネットでDLしたやつなんだよなあ。今度、駒ちゃん何か
入れてくれないかな。おー、またアクセス増えてる……ちょっと掲示板見て
みるか。……ん!? なんだこれは」
○ アパート・作業部屋
壬久「ん? 携帯?」
(SE:携帯の音)
壬久「あっちゃん、どうしたの?」
敦也『大変だ! 神久保!! 奴が現れた』
壬久「奴って?」
敦也『夏見だよ夏見!』
壬久「え!? あのストーカー!?」
敦也『俺が最近作ったサイトの掲示板に書き込みしやがった!!』
壬久「サイト!? あっちゃんサイトなんて作ってたの?」
敦也『説明は後だ! とりあえず見に来てくれ』
壬久「うん! 分かった!!」
○ 放送局
天馬「警備員さん! どうしたんですか?」
警備員「あ! 橘さん、不審者です! 通報してください!!」
天馬「わかりました!」
(SE:携帯の音)
警備員「うわっ!!」
*(夏見)「くそ……どいつもこいつも邪魔ばかりする!!」
天馬「ヤバいな……頭がいっちまってる奴みたいだ。……あ、もしもし、
警察ですか?」
*「退け! 退かないと刺すぞ。もう俺は人を刺してるんだ! 恐いもの
なんかないぞ!!」
警備員「うわああああっ!」
天馬「!?」
*「お前もか! お前も邪魔するのか! あの男みたいに!!」
天馬「警備員さん!! あ……すみません! 品川区のJTFMですが
警備員が不審者に刺されて!!」
*「そうか! やっぱりお前もなんだな!!」
天馬「うわっ!」
○ 区役所
駒子「あ、やっと私の番号が表示された……早めに来て良かった。いっつも
待たされんだもんこの区役所」
(SE:携帯の音)
駒子「あー、もう。こんな時に電話なんて……はい、神久保です。あ、ディレクター、
お疲れ様です……どうしたんですか? え、ええっ!? 天馬が!?」
○ アパート・敦也自室
壬久「ホントだ。夏見の住所のあたりと書き込みのIP、一致する」
敦也「だろう? まさか、また来るのか?」
壬久「そんな……こんな修羅場の真っ最中に」
敦也「そんなん、奴には関係ないだろ。常識さえ通用しない奴だったんだから」
壬久「そう……だったよね」
敦也「用心に越した事はないな。戸締りはちゃんとしてるか?」
壬久「うん」
敦也「よし、じゃあこうなったら援軍を……」
壬久「誰か呼ぶの!?」
敦也「滅多に連絡しないんだが踊(おどる)を呼ぼうかと。あいつは体育系だし」
壬久「なんか……余計な騒ぎになりそうな気も」
敦也「あー……あいつミーハーだからなあ。しかし……他に手は……」
壬久「それにしたって、いつこんなサイト作ったのよ。ホントに私の絵は使って
ないみたいだから文句は言わないけど」
敦也「ほんの2週間前」
壬久「あっちゃんのことはコミックスとかにちらちら書いてるから、知ってる人は
知ってるだろうけど……下手したらネタだと思われてない?」
敦也「でもコイツは1発で嗅ぎつけて来た。最も今回の標的は神久保じゃないっ
ぽいけど」
壬久「まあそれっぽいよね。だとしたら今度は駒ちゃん……」
敦也「ヤバいな、天馬さんもいないし」
壬久「どこに現れるか分からないよね」
(SE:携帯の音)
壬久「ん!? あ……駒ちゃんから電話が。……もしもし?」
駒子『壬久! 壬久!!』
壬久「駒ちゃん、もしかして何かあったの!? 大丈夫?」
駒子『私は全然……でも、天馬が!』
壬久「天馬さんが!? 天馬さんがどうかしたの!?」
駒子『うちの局の入口のとこで、不審者に刺されたって!!』
壬久「天馬さんが刺された!? それホントなの?」
駒子『わからない! でも今からタクシー拾って局に急ぐ!』
壬久「駒ちゃん、多分その不審者って夏見だよ」
駒子『夏見!? 何年か前あっちゃんを刺した?』
壬久「あっちゃんのホームページに『君の声のするほうへ行く。もう誰にも
邪魔はさせない』って書き込みが」
駒子『あの野郎!! 天馬に、天馬に何かあったらただじゃおかない!!』
壬久「駒ちゃん? こま……切れちゃった」
敦也「天馬さんが刺されたって!?」
壬久「被害、出ちゃったよ。天馬さん軽傷だと良いけど……刺されたって」
敦也「神久保」
壬久「恐いよ、あっちゃん」
敦也「俺がいる。俺がそばにいる」
壬久「うん……もうあんな思いはいやだよ。あっちゃんが死んじゃうんじゃ
ないかって、流れる血を見てたらそんなこと考えちゃって、頭真っ白に
なって」
敦也「俺はちゃんと生きてるだろ。刺されたのも利き腕だったけど、今はアシ
するのに支障ないし」
壬久「うん、うん……良かった」
敦也「今は、天馬さんの無事を祈ろう」
壬久「そうだね……」
○ 放送局
駒子「ディレクター!!」
ディレクター「ああ、神久保さん」
駒子「天馬は!?」
ディレクター「警備員と一緒に病院に……」
駒子「不審者……夏見はどこなんですか!?」
ディレクター「どうして犯人の名前を」
駒子「うちの同居人を数年前刺した奴なんです。多分そいつじゃないかって」
ディレクター「そうなのか……みんなで取り押さえたよ。警察に引き渡してある」
駒子「天馬はどのくらいの怪我なんですか!?」
ディレクター「応急処置はしたけどね……出血が酷くて」
駒子「どこの病院なんですか! 教えて下さい!!」
○ アパート・敦也自室
敦也「警察にもこっちから連絡しておいた。やっぱり夏見だったらしい」
壬久「……ありがとう。本来なら私がしなきゃいけないのに」
敦也「天馬さんには悪いけど、駒ちゃんに何もなくて良かったと思う」
壬久「……うん」
敦也「結局、今回のことだって警察の所為だろ。前の一件で、あいつは精神
的にどうのってことで無罪放免。その後病院を出たり入ったりってのは聞い
てたが、行動を見る限り責任能力ないはずがない」
壬久「一般的な生活が送れないなら、うちにこれるはずだってなかったんだし」
敦也「まして以前、未成年だったから法にも守られたようなものの、今度は
しっかり成人してる。もう誰も夏見をかばい立て出来ない」
壬久「親ですら、ね」
敦也「……神久保に何もなくて良かった。あの書き込みと名前を見つけたとき、
ぞっとして全身の毛穴が広がったけど」
壬久「あっちゃん」
敦也「黙ってサイト作って悪かった。それが今回のことを招いたんだと思うと
天馬さんに謝っても謝りきれない」
壬久「いいよ。駒ちゃんや天馬さんに何か言われたら、私が作ってって言った
ことにして」
敦也「神久保……」
壬久「ねえ、あっちゃん」
敦也「ん?」
壬久「夏見が捕まったから、もう恐いものはないんだ」
敦也「うん」
壬久「だからさ……」
敦也「神久保?」
壬久「今日は臨時休業にするから、ずっと一緒にいて」
敦也「うん、いいよ」
壬久「私を命がけでまもってくれた時から、あっちゃんしかいないって思ってた」
敦也「神……」
壬久「でも私がそんなこと言って、あっちゃんを周りに紹介したら、無罪放免された
あいつが何をしてくるかわからないとも考えてた」
敦也「……」
壬久「だから、言えなかった。あっちゃんが好きだ好きだって言ってくれるのに
答えられなかった」
敦也「いいんだそんなこと……」
壬久「良くない。……素直じゃなくてごめんなさい。素直になれなくてごめんなさい」
敦也「神久保」
壬久「私のことを、名前で呼んで。もう高校生じゃないんだから」(泣き笑い)
敦也「み……壬久」
壬久「あっちゃん、あっちゃん」(だきつく)
○ 伏瀬中央病院・処置室
駒子「天馬! 天馬!!」
天馬「……駒さん、どうしたんですかそんなに慌てて」
駒子「天馬! あんた、怪我は!?」
天馬「ちょっとナイフが左腕を掠めただけです。もう処置も終わりましたし、今から
放送局に戻ろうかと」
駒子「……」(へなへなと座り込む)
天馬「駒さん?」
駒子「うぇ……(泣き出す)」
天馬「駒さん……」
駒子「天馬の馬鹿!! 心配したんだから! あんたに何かあったら、この道に
引っ張り込んだ私の所為だとかいろいろぐちゃぐちゃ考えて……」
天馬「駒さん」
駒子「違う。こんなこと言いたいんじゃないのに……天馬、ごめんね」
天馬「いいんですよ。会社に報告だけして、一緒にここを出ましょう」
駒子「うん……」(天馬に引っ張られ立ち上がる)
天馬「あ、ただ……」
駒子「どうしたの!?」
天馬「利き腕じゃないとは言え、こうなので……アシは出来ないかも」
駒子「そんなのいい! アレは口実なんだから!」
天馬「は?」
駒子「あんたの顔見たかっただけ……あっ!!」
天馬「駒さん……」
駒子「とにかく行こう! 病院内で携帯使えないんだから公衆電話でしょ!?」
天馬「ああ、はい」(苦笑)
○ 病院・廊下
駒子「あ、ディレクターですか? 天馬は全然大丈夫みたいです」
ディレクター『そうか、まあとりあえず自宅待機だと伝えてくれ。事故だからな』
駒子「分かりました。あ! 私持って行ったのに渡すの忘れちゃったんですけど……
戸籍謄本」
ディレクター『明日でいい。とにかくショックだろうから神久保さんも自宅待機だ』
駒子「自宅じゃなきゃダメですか?」
ディレクター『え?』
駒子「天馬についてたいんですけどダメですか?」
ディレクター『……所在がはっきりしてればいい』
駒子「有難うございました!!」
(SE:公衆電話の受話器を置く音)
天馬「駒さん、大丈夫なんですか?」
駒子「私、今日仕事ないし」
天馬「そうなんですか。じゃあ、一緒に行きましょうか」
駒子「うん!」
○ アパート・敦也自室
壬久「あのねえ、アプルが生まれた秘密、教えようか」
敦也「お? うんうん教えて」
壬久「駒ちゃんがモデルだってのは、言ったと思うけど……」
敦也「それは聞いた」
壬久「幼い頃から、駒ちゃんは度々うちの実家に預けられててね。でも、やっぱり
実の親じゃないわけでしょ。一生懸命いい子でいようとしてて、なんか年下の
私から見ても可哀想なくらいだったのね」
敦也「ああ、周囲との違和感、か」
壬久「うん。それはもう私なんかより駒ちゃんが一番感じてたと思う。アプルが
アンドロイドである原因が、そこにあるの」
敦也「……でも、博士が心から望んで創り出した存在なんじゃないのか?」
壬久「博士は望んでいても、自分では育てることが出来なかった」
敦也「あ、そうか。博士、は壬子さんなんだ」
壬久「そう。アプルを人間らしくするために、人間の家族に頼み込んで一緒に生活
させることになった。でも一生懸命やってもやっても、アプルはなかなか
その環境に馴染めない。失敗や暴走ばかり……」
敦也「切ないなあ」
壬久「そのうち、アンドロイドとしても人間としても中途半端であることを自覚して
しまって……家出」
敦也「駒ちゃんも家出したことが?」
壬久「あるよ。何度かね。でも、私が見つけ出しちゃうんだ。なんでか」
敦也「不思議だな」
壬久「それが仲良くなった原因かもしれないけど。うちの弟と駒ちゃんは今一つ
折り合い悪かったな」
敦也「ああ、そうか。弟いたっけ」
壬久「うん」
敦也「で、そんなアプルだったけど、冒険編で成長していったよな」
壬久「うん。それは駒ちゃんの家出での経験がもとになってる。駒ちゃんね、預け
られてたうちを家出しただけじゃなくて、今のこの家……まだおじいちゃんと
おばあちゃんがいた頃にここから家出して、ヒッチハイクでうちまで来たことも
あるんだよ」
敦也「ヒッチハイク!? いくつのとき?」
壬久「中2の夏休み」
敦也「それ家出って言わないような」
壬久「黙って出たんだから家出でしょ」
敦也「ああそうか」
壬久「まあ、そんな感じで……駒ちゃんをモデルにしたキャラが出来あがっていっ
たわけ」
敦也「はぁ〜、凄いな。それ誰にも言ってない?」
壬久「うん。ここまで詳しくはあっちゃんと私以外誰も知らない」
敦也「二人きりの秘密か」
壬久「そうそう。今『こう』してることもね」
敦也「へへへ」
壬久M「駒ちゃんも私も、それぞれにヒミツを持つことになる日が来るなんて
思わなかった。でも、いつまでもべったりしてられないよね。あの漫画の
ラストで、アプルが身も心も人間になったように、私たちはそれぞれの
方向へと成長していくんだから」
了