終章〜ある女優の最期〜
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| 保山壬子(ほやま じんこ) | … | 女・芸歴18年の女優・35歳。 本名は神久保壬子。 |
| 江田 亨(えだ とおる) | … | 男・37歳。声優。 |
| 塚田千影(つかだ ちかげ) | … | 女・23歳。歌手。 壬子が所属する事務所社長の娘。 |
| 相苑恵里(あいぞの えり) | … | 女・女優・20歳。 |
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○ テレビ局ロビー
千影「壬子さん、お久し振りです。今日はここでお仕事ですか?」
壬子「あ、千影ちゃん、久し振り。ううん、違うの。人と会う用があってね。
ところで千影ちゃん、最近良くテレビに出てるわね」
千影「そりゃあもう父が関係者に捻じ込んでますから(笑い)」
壬子「そんなことする必要ないわよ。千影ちゃんの歌、私好きだもの」
千影「有難うございます。そう言えば映画の撮影は順調ですか?」
壬子「まあまあ。ちょっと問題もあるのよ色々」
千影「大変ですね。あ、今日は駒子ちゃん一緒じゃないんですか?」
壬子「北海道の兄の所に預けてるあるの。ロケであっちこっち行かなくちゃ
いけないし」
千影「ああ、仕方ないけど可哀想ですね。私が小さい時は壬子さんいたから
淋しくなかったけど」
壬子「悪いとは思ってるんだけど、義姉さんがいい人だから甘えちゃって」
千影「良いじゃないですか、甘えられるなら甘えても」
壬子「義姉さんもそう言ってくれるんだけど……実家には父も母もいるから
親に預けるのが一番迷惑かけないんだけどね。でも今父が身体壊してて」
千影「色々心配ですね」
壬子「そうなの。私自身も……だから」
千影「え? どうかしたんですか?」
壬子「あ、ううん。何でもないの。千影ちゃんは身体に気をつけてね」
千影「はい。壬子さんも」
壬子「じゃあ、またね」
○ 相苑恵里楽屋
壬子「(ノックする)恵里ちゃん、保山です」
恵里「壬子さん! どうぞお入り下さい」
壬子「お邪魔します……今日はドラマなの?」
恵里「それがバラエティなんです」
壬子「珍しいわね」
恵里「あの報道のせいですよ……週刊誌の」
壬子「ああ、相談っていうのはそのこと?」
恵里「ええ、私の楽屋までわざわざすみません。お忙しいところ」
壬子「いいのよ。それで、どうするつもりなの?」
恵里「いえね、もうとっくにあの男とは別れてたんですよ。でも仕事上なかなか
もう会わないってわけにいかなくて。だけど、本当はもう顔だって見たくない。
だから私としては、しばらく仕事控えようかな……とか考えてます」
壬子「今、他に好きな人は?」
恵里「いません。っていうか男はしばらく勘弁」
壬子「ふふふ、恵里ちゃんってまっすぐよね」
恵里「そうですか? 捻じ曲がってる気がしますけど」
壬子「まっすぐよ。正直じゃないのは私の方」
恵里「そんなこと」
壬子「本当よ。自分にさえ嘘をついてばっかりだもの」
恵里「……壬子さん、私どうしたらいいんですか?」
壬子「仕事を休むとかは絶対にしない方がいいと思う」
恵里「ほとぼりが冷めるまで……っていうのはナシですか」
壬子「絵里ちゃんは一人暮しだったわよね?」
恵里「はい。両親は関西に住んでますから」
壬子「しばらくは私生活でも女優、のスタンスを貫いた方がいいと思うわ。
演じることは決して苦痛じゃないから。ただ……」
恵里「ただ?」
壬子「一人だけ、素顔を見せられる人を見つけること」
恵里「それは、恋人?」
壬子「束縛しない、されない、こだわらない関係の人がいいわ。だから
友達でもいいんだけど、異性の方がいいかも」
恵里「うーん、難しいなあ」
壬子「そうね、そういう人に出会うこと自体も難しいわよね」
恵里「でもそれが、壬子さんの生き方っていうなら、それはつまり……」
壬子「……だから私みたいになっちゃ、駄目よ?」
恵里「それって矛盾してますよ」
壬子「ふふ、それもそうね」
恵里「でも私、壬子さんに憧れてますから。壬子さんの生き方、好きです」
壬子「ありがとう」
恵里「そういえば、今日同じ番組に江田さんも出るんですよね……」
壬子「あら、じゃあ楽屋にご挨拶に行かなきゃ」
恵里「あの話本当なんでしょうか」
壬子「昔の恋人との間に子供がいたってこと?」
恵里「はい」
壬子「どうなのかしら。あの人は疑問に思ってたようだけど……でも事実なら
すぐにでも認知するって言ってたわ」
恵里「そんな……だって壬子さん」
壬子「あの人は何にも知らないことなのよ。だから言ったでしょ? 私みたいに
なっちゃ駄目だって(笑い)」
○ 江田亨楽屋
壬子「(ノックする)江田さん、壬子です」
江田「じ、壬子さん! どうぞ入って下さい」
壬子「お久し振りです。すみません急に」
江田「今、映画の撮影中なんじゃないですか?」
壬子「今日はちょっとお休みを頂いたんです」
江田「テレビ局で会うのは本当に久々ですね」
壬子「ええ、さっき恵里ちゃんに江田さんが一緒の番組に出ると聞いて」
江田「相苑さんが」
壬子「あれでしょう? 多分一緒に出る番組ってワイドショーみたいな」
江田「そうですね」
壬子「いやな話よね。人の噂話で視聴率稼ごうなんて」
江田「まあ、僕の場合は身に覚えがないわけじゃないからなあ」
壬子「でも納得はしてないんでしょ?」
江田「そりゃあもちろん……どう考えても別れたあとに出来たとしか」
壬子「だったらしっかりしてよ。江田さんらしくもない」
江田「う……はい」
壬子「ああ、そうそう。この前受け取ったわ、あの石。ありがとう」
江田「いやいや、あれは僕の気持ちだから。……だから尚更こんな状況に
なって申し訳ない」
壬子「大切にするわ。ワガママを聞いてくれて本当にありがとう」
江田「……実は今度、かなりな大作に出演することになってね。そのギャラ
も入るから懐が温かいんだ」
壬子「まあ、おめでとう。どんな作品?」
江田「今、テレビ放映されているSFアニメ……知ってるかな」
壬子「あ、知ってる。駒子が大好きだから。クリスタルソルジャーズでしょ」
江田「そうそう。何度か出演した縁で、その映画にも出ることに。主人公の
義理の父という、ちょっとキーマンなキャラクターでね」
壬子「いつ公開?」
江田「来年の夏休みらしいけどね」
壬子「来年……」
江田「壬子さん、どうかしたのか?」
壬子「あ、ううん。こっちの映画公開されるのもそのあたりだなあって思って」
江田「そうか、見に行くよ」
壬子「……私も、行ければあなたが出演する映画を見たいわ。駒子と一緒に」
江田「是非見に来て欲しいよ」
壬子「ええ」
○ テレビ局ロビー
千影「あら、壬子さん。まだ人待ちですか?」
壬子「千影ちゃん。収録終わったの?」
千影「ええ、ついさっき……あれ? 壬子さん顔色が」
壬子「ちょっとこのところ立て込んでたから、疲れが出ちゃったみたい。
もう用は済んだんだけど、帰る気になれなくてお茶してたの」
千影「よかったら、送りますよ。それか私のマンションに寄って行きませんか」
壬子「……お言葉に甘えちゃおうかしら」
千影「ぜひどうぞ。父は絶対に来ませんから」
壬子「ふふ、お父さんがよっぽど嫌いなのね」
千影「父親としては好きですけどね、男としては最低です」
壬子「そんなに嫌わないであげてよ。悪い人じゃないんだから」
千影「壬子さんまでそんなこと言う〜」
壬子「ここで騒ぐのも迷惑だし、とりあえずここ出ましょ」
千影「あ、はい」
○ 地下駐車場
壬子「千影ちゃん自分で運転するの?」
千影「高校卒業前に免許取ったんです」
壬子「ああ、そうだったの……。実はね、言うのもアレかなあと思って黙っ
てたけど、もう社長とは五年前にお付き合いやめてるのよ」
千影「え? そうだったんですか?」
壬子「ちょっと考えてたことがあって……」
千影「お子さんのこと?」
壬子「……もう一人になりたいんですって頭を下げたの。子供のことは
別れる理由にならないわ。他の男性の子供を生むことを許してもらっ
た上で産んだんだし」
千影「お父さん、全然そんな素振りもみせないから……」
壬子「意地、かしらね。私もそこまでは責められないわ。別れたことを公言
してくれとも言ってないし」
千影「ああ、でもほっとした。まだ壬子さんを縛ってるんだって思ってたから」
壬子「申し訳ないと思ってたのよ。高校卒業前に千影ちゃんが家を飛び出し
たのは私のことが原因なんでしょ?」
千影「あはは、バレてましたか」
壬子「だからね、そのことも言っておきたかったの。千影ちゃんにお願いした
いことがあるから」
千影「私に?」
壬子「幸い撮影はもうすぐ終わるし、私ももうあんまり出歩けなくなる……
入院するのよ」
千影「入院!? どこか悪いんですか?」
壬子「うん。……悪性リンパ腫なの」
千影「そんな! 壬子さん……」
壬子「ねえ千影ちゃん、預かって欲しい物があるの。入院前に千影ちゃん
のところに送ってもいい?」
千影「うちなんかで良ければ……でも、壬子さん、悪性って」
壬子「せっかく自由になったのに、言いたいことも言い出せないまんまで……
ずるずるここまで来ちゃった」
千影「壬子さん……」
壬子「人生ってうまく行かないものね。これまで色々演じてきたけど……」
千影「私に出来ることがあったら何でも言ってください」
壬子「ありがとう。私が後で送るものを、ある時期まで保管しておいて欲しいの。
そしてその時が来たら、手紙に書いてあるところへ送ってくれれば……」
千影「それだけでいいんですか?」
壬子「あなたにはそれだけをお願いするわ」
千影「……わかりました」
壬子「それからね、もう一つ言っておきたいことがあるの。出来ればそれは
千影ちゃんの胸にしまっておいて。……私にとって、社長は初めてに好き
になった人なの。女優をやめたくないからお付き合いしてたわけじゃない
のよ」
千影「本当なんですか?」
壬子「夢をかなえてくれて、どんどん私の可能性の扉を開いてくれた人だもの」
千影「母も私も、たぶん父も……壬子さんが犠牲者なんだと思ってました」
壬子「奥様はもうご存知よ。駒子を身ごもった時、打ち明けたから」
千影「母は……そんなに前から知ってたんですか」
壬子「でも社長には絶対言ってあげない。最初からどうしようもない恋だとは
分かってたし、せめてもの仕返し。……許してね」
千影「壬子さん……」
壬子「私のことをずっと心配してくれてありがとう。ずっとずっと幸せだった」
千影「壬子さん……(泣き出す)」
壬子「ごめんなさいね、苦しめて」
千影「いいえ……」
壬子「多分バチがあたったのね、私」
千影「そんなこと……!」
壬子「言わなきゃいけない人たちに本当のことは何も言わないで、私は勝手に
去って行っちゃうけど……でもね、私が遺して行くものが全てだから」
千影「はい。大切に……お預かりします」
千影M「それからおよそ半年後、壬子さんは入院中の病院で息を引き取りました。
本来、癌の末期患者というのはホスピスというところで痛みを抑えながら安らか
な終わりを迎えるものです。でも、壬子さんは最期まで癌と戦い続けました。
それは希望があったからというわけではなく、あえて苦しみと戦うことで自分が
背負っていた罪をあがなおうとしていたのです。最期もきっと苦しかったはずです。
でも、壬子さんは微笑んでいました。私は、信じたい。それは彼女の罪が消えた
からなのだと……」
終幕