枝のつぼみが咲くころに 「幼馴染」
――――――――――――――――――――――
| 神久保淳久(かみくぼ あつひさ) | … | 男・小学一年生・6歳。一歳未満から 子役をしている。超売れっ子。 |
| 橘 さくら(たちばな さくら) | … | 女・6歳。淳久の従姉。 小学一年生。漫画家志望。 |
| 神久保壬久(かみくぼ みく) | … | 女・十代でデビューした漫画家・32歳 淳久の母。 |
| 橘 天馬(たちばな てんま) | … | 男・31歳。ラジオの人気パーソナリティ。 さくらの父。 |
――――――――――――――――――――――
○ 橘家・居間
さくら「あのね、パパ。お願いがあるの」
天馬「どうした? さくら、今度の誕生日のプレゼントか?」
さくら「ううん、そうじゃなくて」
天馬「違うのか? 難しいお願いじゃなきゃ聞いてもいいが……」
さくら「難しくないよ。多分だけど……」
天馬「とにかく言ってみなさい」
さくら「前ね、壬久ちゃんみたいに漫画家になりたいって言ったけど
それ以外にもなりたいものがあるの」
天馬「まさかパパやママみたいな仕事? ああ、それか……あっくん
みたいな子役? お前なら確かに難しくないかもしれないな」
さくら「……違うの。あっくんのお嫁さんになりたいの」
天馬「……ちょっと早過ぎやしないか?」
さくら「おっきくなったらだよ」
天馬「しかしだな、あっくんは今凄い人気者じゃないか。いくら従弟でも
幼馴染でも、そう簡単にはいかないかもしれないぞ?」
さくら「(泣きそう)パパの意地悪」
天馬「ああ……泣くな、さくら。おまえ泣かせたらママに何て言われるか」
さくら「パパがあっくんのパパと約束してくれれば私とあっくん、イイナヅケに
なれるんでしょ?」
天馬「今どき親同士が約束してもなあ。……って、なんでお前そんな妙に
時代がかった言葉知ってるんだ」
さくら「壬久ちゃんところで読んだ漫画にそう言うこと書いてた」
天馬「……あんまり古い漫画を読むな。食あたり起こすぞ」
○ 神久保家・玄関
淳久「おかあさん、ただいま」
壬久「おかえり、今日は撮影なかったんだっけ」
淳久「うん。急に休みになったってマネージャーさんが言ってた」
壬久「ゆっくり休みなさい。お母さんまだ仕事があるけど、アシさんが
おやつ作ってくれたら呼ぶから」
淳久「うん。あ、今日宿題もあるんだ。後でお父さんに見てもらいたいんだけど」
壬久「お父さん秋葉原行ってるよ。夕方には戻るけど」
淳久「じゃあそれまでに済ませておくね。ジュース持って行っていい?」
壬久「いいよ」
○ 淳久・自室
淳久「……お父さん、いっつも秋葉原だよなあ。そんなに楽しいのかな。
まあ五反田じゃないだけマシだってマネージャーさん言ってたけど。
でもなんで、五反田じゃないとマシなんだろう。あれ? 携帯が……
あ、さくらちゃんだ」
さくら『もしもし、あっくん?』
淳久「さくらちゃん、元気?」
さくら『うん。やっと電話に出てくれた』
淳久「今日、久し振りに撮影がなくってさ。家に帰ってきたところ」
さくら『いっつも留守電なんだもん。そうでなければマネージャーさんが出るし』
淳久「ごめん。でもちゃんとメッセージは聞いてるよ」
さくら『良かった。あ、そういえばもうすぐ誕生日だね』
淳久「そうだね。でも今年は映画の撮影があるから、パーティ出来ない
かも。淋しいね」
さくら『いいよ。お仕事だもんね。それにさくらのお願い一つ聞いてくれたら、
プレゼントなんかいらないよ』
淳久「どんなこと?」
さくら『……あのね、あっくん人気者だから無理だってパパが言うんだ
けど、私はあっくんのお嫁さんになりたいの。おっきくなったら』
淳久「さ、さくらちゃん」
さくら『……ダメ?』
淳久「い、いや。駄目じゃあないよ。それは僕だって……そうなれば
いいなとか思ってるし」
さくら『じゃあいいの?』
淳久「たださ、さくらちゃん、うちのお母さんみたいな漫画家になりたいって
言ってるでしょ? いつも」
さくら『うん』
淳久「僕もそれは絶対かなえて欲しいって思ってるから、それを一番に
考えてくれないかな。僕は何処へも行かないから」
さくら『そうすればお嫁さんにしてくれる?』
淳久「うん、約束する」
さくら『ありがとう、あっくん』
淳久「さくらちゃんこそありがとう。すごく嬉しいよ」
○ 神久保家・ダイニング
壬久「るりちゃんの作ってくれるお菓子はおいしいねえ」
淳久「うん、手先が器用なんだろうね。るりちゃんの描く線って凄く綺麗だし」
壬久「……その年にして仕事してる所為なのかな。淳久って時々大人びた
言葉使うよねえ」
淳久「台本で覚える言葉も多いからさ。そう言えばこの前書いた作文で
先生がびっくりしてたよ」
壬久「あ、それまだ見てないね」
淳久「戻ってきたら見せる。でも、ちょっと頭にくることも言われたな」
壬久「先生がどんなこと言ったの」
淳久「ぼそっとさ、僕に聞こえないように言うんだよ。生意気だって」
壬久「聞こえてんじゃない」
淳久「もしかしたらそれも計算の内なんだと思うけど、でも生徒に言う
言葉じゃないよね?」
壬久「あんまりだね。お母さんPTAの役員してないから強く言えないけど
今度校長にチクっといてあげる」
淳久「いや、もういいよ。だってもうすぐ二年になるし」
壬久「ああそうか……そう言えばもうすぐ誕生日だね」
淳久「ぐ(咽喉につまった)」
壬久「どうしたの」
淳久「ジュ、ジュースとって」
壬久「はい、大丈夫?」
淳久「(ジュースを飲む音)……はー」
壬久「なにか欲しいのあるの?」
淳久「いや……特に今欲しいのってないんだけど、さっきさ」
壬久「うん?」
淳久「電話でさくらちゃんにプロポーズされた」
壬久「は?」
淳久「プレゼントいらないからお嫁さんにしてって。もちろん大きくなって
からだけどさ」
壬久「……あの子も早熟なんだからもう。親に似て」
淳久「僕は承諾したけど、さくらちゃんには漫画家になる夢を諦めて
欲しくないから、そのことを一番に考えてって言った」
壬久「ふーん」
淳久「お母さんは、反対?」
壬久「いや、気心知れてるしいいけどね。でもまあ、正直将来のこと
なんてわからないでしょ? だからなんとも言えない」
淳久「そうか……そうだよね。でも、僕は多分変わらないと思う」
壬久「あんたお母さんに似てガンコだもんねえ」
淳久「お父さんに似て粘り強いんだよ。お母さんを10年も待ったんだから」
壬久「お父さんは10年で済んだけど、淳久は最低でも12年待つことに
なるでしょ? 今の年の2倍だよ?」
淳久「いいんだよ」
壬久「……それならまあ、何も言わないわ」
○ 橘家・キッチン
天馬「今日はママ遅くなるから、パパがご飯作るけど何が食べたい?」
さくら「何が良いかなあ。あ、どうせなら一緒に作ろうよパパ」
天馬「そうだなあ。さくらはその年でマイ包丁もってるしなあ」
さくら「一つでも新しい料理覚えたいの」
天馬「淳久君のために、か?」
さくら「うん!」
天馬「……絶対嫁にやらんって言ったら刺されそうだな」
さくら「なんだって!?」
天馬「いいえなんでもありません。……お前がママに似るのは
可愛いとこだけで良いんだ。そう言う恐いとこまで似るな」
さくら「もうパパったら、いい加減子離れしなきゃ駄目よ?」
天馬「……ママの口癖を真似るな。頼むから」
○ 神久保家・ダイニング
壬久「はいあっちゃん、今どこにいるのよ。え? ああもう駅なのね。
えらいえらい。そのままホームよ? いやプラットホームじゃなくて
ゴーホームってこと!」
淳久「……お母さん、お父さんは犬じゃないんだから」
壬久「いいじゃない。今どきGPS機能がついてない携帯持たせてる
のよ?」
淳久「それはそうだけどさ……」
壬久「ま、ちゃんとまっすぐ帰ってこれたら、あっちゃんの好きな麻婆
豆腐食べさせてあげるからねー。じゃあまた後でね」
淳久「飴とムチの使い方がうまいなあ」
壬久「伊達に長く付き合ってないわよ。まあアンタもいずれは分かる
時が来る」
淳久「いや、さくらちゃんがお母さんや駒ちゃんに似てるのは分かる
から、覚悟はしてるよ」
壬久「え? さくらちゃん私に似てる?」
淳久「似てるよ。……いや、だからさくらちゃんが好きってことじゃ
ないけど」
壬久「まあよくそんな、甘酸っぱい、時にはしょっぱそうな初恋を
さらりと口に出来るよねえ」
淳久「しょっぱいってなんだよ。甘酸っぱいのは分かるけどさ」
壬久「おお、わかるんだ。いっちょ前に」
淳久「だってさ、甘酸っぱい飴舐めてる時に、耳の下がきゅーって
痛くなるでしょ? あんな感じがするんだよ」
壬久「さくらちゃんのこと考えると?」
淳久「いや、一緒にいるとき。考えてる時は思い出し笑いしちゃう
けど」
壬久「なるほど、鼻の下が伸びてると」
淳久「顔には出さないようにしてるんだ。だって撮影に差し支えるし」
壬久「そうだねえ、CMとかドラマ見てると、これがホントにうちの息子
かと思うもん。役に入り込んでてさ、別人みたい」
淳久「何時のころからかな……仕事だって理解するとスイッチが入る
んだ。神久保淳久じゃなくなる」
壬久「あんたそれ、三歳のころには既に体得してたよ」
淳久「……ホントに?」
壬久「まあ、さすがにカエルの孫だねえ」
淳久「隔世遺伝ってやつかな」
壬久「多分ね。……さ、お父さんが帰ってくるまでに宿題済ませて
しまいなさい」
淳久「うん。お母さんも仕事頑張ってね」
○ 橘家・居間
天馬「はあ……さくらは駒子に似なくていいとこまで似てくる」
SE:携帯の音
天馬「うを! 噂をすれば。……はい、もしもし。収録終わった? あ、
まだなのか。ん? ああ、さくらは今風呂に入ってる。え? 入浴剤?
買っておいたけど。うん、そう、言われたやつ。いや、俺は駒子帰って
きてからで良いよ。先にはいってたら湯冷めするしさ。あ、そうだ。ブース
の中、空気が乾燥してるから咽喉痛めるなよ? え? 馬鹿みたいに
優しいって、そりゃ仕事が仕事だからさ、お互いすれ違い気味じゃないか。
心配にもなるさ。変な意味じゃないけど。やっぱり駒子いないとさくらに
ばっかり構いたくなるし。でもさくらは最近パパ命じゃなくなってきたから
淋しいことこの上ない……え?」
○ 橘家・バスルーム(全面エコー希望)
さくら「あっくんはOKくれたし、ああ……幸せ。よーし、頑張って漫画家に
なるぞ。壬久ちゃんにいっぱいいっぱい教えてもらおう。パパだって
ベタとトーン貼りが出来るんだから、私に出来ないはずがない!」
○ 神久保家・作業部屋
壬久「るりちゃん帰っちゃったしなあ。残りを頑張らなきゃ……あーあ、
早くさくらちゃんが手伝ってくれるようになればいいのに。そのうち特訓
させようかな。淳久をだしにして……うん」
壬久M「そーんな私の策略を察したはずもない駒ちゃんから、今週末
いきなりさくらちゃんを預かることになった。なんでなのかは、理由は
聞かないことにした。度々あることだし。……でも、後日ラジオ番組の
改変期になって、また、駒ちゃんの番組のパーソナリティが天馬に
交代することになったのは、関係がないわけじゃなさそうだ。だってさ
駒ちゃん、七年ぶりのご懐妊なんだもん。今度ばっかりはちょっと、
先を越されちゃったかなって感じ」