枝のつぼみが咲くころに 「夢を見るころ」

 

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神久保淳久(かみくぼ あつひさ) 男・小学二年生・7歳。一歳未満から
子役をしている。超売れっ子。
橘 さくら(たちばな さくら) 女・7歳。淳久の従姉。
小学二年生。漫画家志望。
橘 天馬(たちばな てんま)   男・31歳。ラジオの人気パーソナリティ。
さくらの父。
江田 亨(えだ とおる) 男・59歳。人気声優。
淳久・さくらの祖父。

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○ 橘家・居間

天馬「お義父さん、今度温泉でもどうですか?」

江田「おお、いいなあ天馬君。最近どうも疲れが抜けなくてね」

天馬「え、健康診断は行ってますよね」

江田「行ってるよ。この前全身スキャンしたんだ。ほらアレだよ、数ミリの
 癌でも見逃さないって言う」

天馬「ああ、俺もこの間やりましたよ」

江田「君の結果はどうだった? 僕は大丈夫だったんだが」

天馬「俺も全然大丈夫でした。でも、大丈夫って分かっててもあの影には
 ビビリません? 脳と、下半身……」

江田「ああ、前立腺の周辺だなあ。糖が多いからしょうがないんだろう。
 血液検査で異常がなければ、心配しなくてもいいんじゃないか?」

天馬「それはそうなんですけどね」

江田「何も心配しなくても、もうすぐ三人目の孫が出来るんだ。立派立派!
 ははは」

天馬「お義父さん……」

 

○ さくら自室

さくら「ねえあっくん、宿題終わったらさあ、あとでおじいちゃんとアフレコ
 ごっこしようよ」

淳久「そうだね。おじいちゃんが台本と洋画のソフト持って来たって言って
 たし。僕も真面目に練習しなくちゃ。今度アニメ映画に出るんだ」

さくら「え、じゃあ尚更アニメの方がいいんじゃないの?」

淳久「アニメはいつもやってるでしょ? たまには洋画もいいと思うな」

さくら「んー、さくらに合う役あるかなあ」

淳久「分からないけど、ちゃんと考えてきてくれてると思うよ」

さくら「それならいいけど……そう言えば撮ってた映画はいつからあるの?」

淳久「11月公開だから、あと2ヶ月……かな。さくらちゃんの兄弟が出来る
 のももうすぐだね」

さくら「12月が予定だって。あ、そうだ。性別教えたっけ?」

淳久「ううん。もう分かったの?」

さくら「五ヶ月の時は分からなかったらしいけど、この前の検査でやっと
 はっきり分かったみたい。弟だって」

淳久「男の子か。仲良くなれると良いな」

さくら「大丈夫だよ。だってさくらの弟だもん」

淳久「あはは、そうだね」

さくら「あっくんとこにも出来れば良いのに」

淳久「そうだなあ、でも当分無理かも。お母さんは僕一人で十分って言っ
 てたし」

さくら「壬久ちゃん忙しいもんね」

淳久「……お父さんが百発百中だから油断出来ないとも言ってたなあ」

さくら「なんのことなの?」

淳久「え、あは。ううん、まあ仕事のことが一番原因だと思うよ」

さくら「……私はいっぱい欲しいなあ。子供」

淳久「さ、さくらちゃん」

さくら「大人になって結婚したら、たくさんつくろ?」

淳久「成り行きに任せてで良いよ。子供産むって、すごい大変なこと
 らしいし。さくらちゃんに辛い思いさせたくない」

さくら「あっくんの子供だからたくさん欲しいんだよぅ」

淳久「気持ちはうれしいし、僕もそうなったらいいなと思うけど、でもね。
 さくらちゃんがどんなに大変でも、僕は代われないから……だからさ」

さくら「……うん。パパとママ見てたらそれは分かる」

淳久「今はいっぱい、遊んで笑おう。二人で」

さくら「うん!」

 

○ 橘家・居間

江田「今日持ってきたのはなあ、まだ公開されてないヤツなんだ」

淳久「え、すごい。ホントに?」

さくら「わあ! 台本見せておじいちゃん」

天馬「必要ならパパも手伝うぞ、さくら」

さくら「えー、パパにあうのあるかなあ」

淳久「この役なんかどうかな」

江田「おお、ストーリーテーラーの青年か。天馬君にピッタリだな」

天馬「謎めいた男! いい役どころですね」

さくら「じゃあ私は妖精のリル!」

淳久「僕は……主人公やって良い?」

江田「ああ、淳久。この役はお前にピッタリだ」

淳久「大きくなったら、どんなものでもやってみせるけど、今は子供しか
 出来ないからね」

江田「そうだ。今は今しか出来ないものを精一杯。それでいいんだ。
 背伸びするのはもうちょっとあとでいい」

天馬「あ、この主人公の祖父って、そのままお義父さんに似合いそうですね」

江田「もちろん、話が来てるのはこの役だよ。実は天馬君のとどっちか
 迷ったんだが、この年齢だから演じられる役のほうがいいかと思ってね」

さくら「洋画ってどんなのだろうと思ったけど、これアニメより面白そう」

江田「面白いぞ。アニメもいいがたまには生身の人の表情を見ながら
 演じないとな」

淳久「なんか、ワクワクして来た」

江田「分かるぞ。おじいちゃんも昔子役やってたんだ。……よし、機材の
 準備もいいな。一度流しながらやってみるか」

 

○ 橘家・脱衣所

天馬「パジャマここ置いとくぞ、さくら」

さくら「うん。パパありがとう」

天馬「いやー、しかし白熱したな。夕飯早めに食べてから7時過ぎに始め
 たのに、気がついたら夜中の12時だぞ」

さくら「……うう。ねむいよ〜」

天馬「風呂に入らないわけにいかないんだから、我慢しなさい」

さくら「あっくんと入りたかったよ」

天馬「結婚するつもりならけじめはつけなさい」

さくら「え? 認めてくれるの? パパ」

天馬「まだ許すとは言ってない」

さくら「意地悪。それよりママまだ仕事なの? 遅いね」

天馬「そうだなあ。つわりはもうとっくにないとはいえ……」

さくら「あっくんも帰っちゃったし、サッサとお風呂入って寝ちゃお」

天馬「風呂場で寝るなよ……っていうかやっぱりパパと入らないか?」

さくら「イ・ヤ!」

 

○ タクシー車中

淳久「あー、楽しかった」

江田「淳久は本当に、演じるのが好きなんだな」

淳久「うん。すごく好きだよ」

江田「じいちゃんは嬉しいなあ」

淳久「ありがとう、すごい勉強になったよおじいちゃん」

江田「……不思議だな。ふとした瞬間、壬子さんに似てる」

淳久「最近顔立ちがお母さんに似てきたって言われる。おばあちゃ
 んにも似て来たのかな」

江田「そうかもしれないなあ。きっといい役者になるぞ」

淳久「この前おばあちゃんの映画のDVD見たんだ。おばあちゃん
 すごいよ。演じてるとか言うより、作品の中で生きてるんだ」

江田「ああ、分かる。彼女はそういう人だった」

淳久「僕がまだ演じるのが楽しいとか言ってる限りは、あんな演技
 は無理だな」

江田「だから、無理をする必要はないんだ。今のやりかたが今の
 淳久なんだから」

淳久「うん……」

江田「しかし、帰りが遅くなってしまったな」

淳久「いいよ。お父さんもお母さんもいつも仕事で起きてるし」

江田「仕事とはいえ大変だ。まあ漫画家という職業があるからこそ
 声優としてやっていけるんだが」

淳久「そう言えば、ライジングトーラスって何話まで録ったの?」

江田「あれはなあ、もう24話まで行ってたか」

淳久「どうなるか教えて!」

江田「ははは。お前はこういう時は年相応の顔になるな。うーん、
 そうだなあ。トーラスが復活するんだ」

淳久「やっぱり!」

江田「それから、仲間が増える。……後は内緒だ」

淳久「じいちゃんの演じる仮面ゴールドがさ、すごい人気なんだ」

江田「学校でか? 嬉しいなあ」

淳久「ねえ、ゴールドって、主人公のお兄さんなんじゃないの?」

江田「さあ、どうだろうな」(ちょっと美形声)

淳久「あ! ゴールドの声だ!!」

江田「いやー、反応が楽しいな。夏の幕張でも散々遊んできたぞ」

淳久「またヘンなセリフ言わされた?」

江田「おお、もちろん。……もっとも淳久に聞かせるような台詞じゃないが」

淳久「あは、うん。僕じゃなくてお母さんとか駒ちゃんに聞かせると
 喜ぶと思うよ」

 

○ 橘家・居間

天馬「もしもし駒子、大丈夫か? あ、もう帰宅途中か。お義父さんと
 淳久君はもう帰ってる。さっきまでいたけどな。そうなんだよ、12時
 まで。さくらは風呂から上がってもう寝てる。……あんまり無理する
 なよ? 過信は禁物だからな。うん、そうか。
 お腹張ってないか? 良く動くんだろ? 帰ったら肩とか足を揉むか
 らさ、痛いとこあったら言うんだぞ。え? 安定期だから大丈夫って
 何がだ? マッサージのその先って……おい!」

 

○ さくら自室

さくら「むにゃ。あっくん大好き……弟になんか負けないもん」

さくらM「後いくつ寝たら、オトナになれるのかな。たぶんまだまだ、時間が
 かかるよね? いっぱい、色んな夢を見よう。ねえ? あっくん」

 

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