枝のつぼみが咲くころに 「You may zeal」

 

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神久保淳久(かみくぼ あつひさ) 男・小学二年生・7歳。一歳未満から
子役をしている。超売れっ子。
橘 さくら(たちばな さくら) 女・7歳。淳久の従姉。
小学二年生。漫画家志望。
神久保壬久(かみくぼ みく) 女・十代でデビューした漫画家・32歳
淳久の母。
橘 駒子(たちばな こまこ) 女・33歳。神久保壬久の姉。
ラジオの人気パーソナリティ・元声優。
さくらの母。

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○ 神久保家・玄関

駒子「ふう、お邪魔しまーす」

さくら「あっくん! 来たよー」

淳久「駒ちゃん、さくらちゃん、いらっしゃい」

駒子「壬久は何? 仕事中?」

淳久「うん。最後の追い込み中」

さくら「私に出来ること……ないよね?」

淳久「もうチェックだけだからね。もうすぐしたら担当さんが取りに来るし。
 とりあえず上がって。駒ちゃんお腹大変そうだし」

駒子「もうさー、冬も近いって言うのに暑いのよ。熱篭もって大変。まだ
 臨月でもないのに。……お邪魔します」

さくら「無理しないで寝てればいいのに」

駒子「そんなわけにいかないでしょう。封切り日にあっくんの映画見たいって
 言ったのアンタなんだから」

さくら「う」

駒子「いくら壬久が連れて行ってくれるって言ったからって、任せっぱなしに
 するわけにいかないでしょ。それに動いたほうが楽に生まれるのよ。はい
 ちゃんと靴そろえる!」

さくら「はーい」

淳久「今日は本当にありがとう。舞台挨拶あるから、僕ちょっと早めに出る
 けど、後でゆっくりしようね」

駒子「舞台挨拶は一箇所?」

淳久「うん。出演者が各自持ちまわりなんだ。小さめの映画館がメインだから
 そんなに多くないし。僕は監督と一緒」

さくら「あっくん頑張ってね」

淳久「うん」

 

○ 作業部屋

壬久「トーン漏れなし、ベタ塗り忘れもなし。台詞抜けも大丈夫と」

駒子「相変わらず大変そうだね、壬久」

壬久「あ、駒ちゃん。いらっしゃい。さくらちゃんも……もうちょっと待ってね」

駒子「いいよ。それにしても、もう私が手伝わなくなって久しいよね」

壬久「ホントにねえ。でもその分さくらちゃんがいるから」

駒子「こんなお子ちゃまじゃ役にたたないでしょうに」

さくら「ママひどーい」

壬久「いやいや、ベタは丁寧だしトーン処理もばっちりよ?」

駒子「そうなの?」

さくら「さくら頑張ってるもん」

壬久「うん。助かってるよ」

駒子「へー」

壬久「ただまだ人物はね。視点が大人と違うからしょうがないんだけど」

駒子「まあまだ修行は長くなりそうだね」

さくら「デッサンとかクロッキー、ちゃんとやってるよ」

壬久「静物は歪みもなく描けるようになってきたよね。でも前も言った
 と思うけどさ、目がね、大人に比べて不完全なんだよ。レンズ自体が
 違う感じって言ったほうがいいかな。ドアスコープみたいな、魚眼
 レンズとまでは言わないけど映り方がいびつなのね」

さくら「うん……写真に撮ると良く分かるよね。見えるのと違うもん」

壬久「そうそう。だから写真に撮って、それをまた写し描きする勉強も
 させてるの」

駒子「すごいね。そこまでやってるんだ」

壬久「さくらちゃんが本気だから、私もそれに応えてるだけ」

駒子「スーパーアシスタント養成講座?」

壬久「……確かにこのまま行くとアシ歴長くなるだろうなあ」

 

○ 映画館

淳久「あ、駒ちゃんたち来た……監督、駒ちゃんたち来ました。花束は
 いつ渡しますか? エンディングロールの間? あ、はい。お母さんと
 さくらちゃんにも……大きいの二つと小さめの一つ持って行ってもらえ
 ますか?」

 

駒子「……階段が緩やかで助かったわ」

壬久「真ん中ヘンが一番見やすいもんね。でも大丈夫? 駒ちゃん」

さくら「ママ鼻息がすごい」

駒子「うっさい。しょうがないでしょ身重なんだから」

壬久「でも映画来るのひさしぶりだなあ。仕事してると家でDVD見る
 ばっかり」

駒子「あー、そうだね。私も休み多かったから家で見るだけだったわ」

壬久「そう言えば、去年はお母さんの映画のリバイバル見たよね」

駒子「あれ映画祭だったっけ?」

壬久「そうそう。それがきっかけになってDVD出たんだけど」

さくら「ねえ、壬子おばあちゃんって、あっくんに似てない?」

壬久「ああ、最近淳久が、私に似てるって言われ出したからね」

駒子「赤ちゃんのころはコロコロしてて、あっちゃん似だったよね」

壬久「でもさ、ああ見えてうちのって子供の頃メチャメチャ可愛かったのよ。
 あっちゃんの実家で写真見てビックリしたんだけど」

駒子「じゃあ子役の要素はしっかりあったわけだ」

壬久「お義父さんから聞いたけど、子供の頃モデルやってたって」

さくら「え? あっちゃんが?」

駒子「それ初耳よ」

壬久「あっちゃんも一言もいわないんだもん。まあ本人曰く今じゃ
 見る影もないからだってことだけど」

駒子「あっちゃんが役者になってたら、個性派俳優になってたかも」

壬久「そうかもねえ。でもだとしたら、私は会ってなかっただろうな」

駒子「運命って不思議だねえ」

さくら「あ、暗くなった」

壬久「もう始まるみたいだね。静かにしよう」

 

○ 映画館・舞台

淳久「今日は風の強い中お越し下さり、ありがとうございました。
 撮影が大変だった分、こうしてたくさんの方に見に来て頂くと
 苦労が報われた気がします」

 

○ 映画館・観客席

駒子「ねえ、スタッフらしき人にいきなり花束渡されちゃったけど、持っ
 て行けってこと? 私妊婦なんですけど」

壬久「ああああ、ごめん駒ちゃん。多分監督あたりの差し金だと思う」

さくら「私が両方持とうか? ママ」

駒子「……いや、いいわよ。通路は広いし、私が出なきゃお話になら
 ないんでしょ。ただゆっくり降りるから、壬久とさくらは先に行って」

壬久「淳久もなんで言わないかな。駒ちゃんだってここに来るのが
 精一杯なのに」

駒子「まあいいって」

さくら「ママ、足元気をつけてね」

駒子「さくらもね。暗いから気をつけなさい」

 

○ 映画館・舞台

淳久「辛くはなかったんですけど、シナリオが何度か変更になったので
 覚えるのが大変でした。でも、テレビと違ってたくさんの方々と一緒に
 お仕事出来たので、とても勉強になりました。……あ」

壬久「淳久、おめでとう」

さくら「あっくん、映画面白かったよ。はい花束」

淳久「ありがとう。お母さん、さくらちゃん。……あ、駒ちゃん大丈夫?」

駒子「あっくん、演技良かったよ。それから布袋監督、デビュー作の
 公開おめでとうございます。……(以下小声)臨月近い妊婦に階段
 上り下りさせんじゃないわよ。あなたの奥さん、私の番組のアシス
 タントなんだからね。覚えてらっしゃい」

淳久「こ、駒ちゃん……」

さくら「ママこわっ」

壬久「あははは、は……」

 

○ レストラン・個室

淳久「駒ちゃん、本当にごめんなさい!」

駒子「ああ、いいのよ。あっくんが頭下げる必要ないの。監督が急に
 言い出したんでしょ?」

淳久「うん……」

壬久「まあまあ、監督がポケットマネーでここのコース料理おごって
 くれることになったんだからさあ」

駒子「あんのスタンドプレー男! いつも思いつきでしか行動しない
 んだから!」

さくら「ママ、落ちついて」

駒子「言っちゃ悪いけど、映画の宣伝材料に使われたのよ? これが
 怒らずにいられる?」

壬久「まあ私もそれはなんとなく感じたけど……」

駒子「あっくんの為ならそれでもいいけどさ、そうじゃない妙なことまで
 勘繰っちゃいそうになるわよ」

さくら「妙なことって?」

駒子「……あっくん、ごめんね。あっくんが映画に起用された時から
 なんかお母さんのことを持ち出されたような気がしてて」

淳久「分かってた」

壬久「へ?」

淳久「それは分かってた。監督は元々バラエティ畑で、ドラマは担当
 したことがないから子役の僕にあんまり興味持ってなかったし」

さくら「あっくん……」

淳久「でも、これはチャンスだって思ったんだ。今までだって映画の話は
 いくらでもあったけど、面白い話だと思ったのは今回だけだったから」

駒子「……そっか、あっくんが了解してるんだったらいいよ」

壬久「駒ちゃん」

駒子「その代わり」

さくら「ママ!?」

淳久「駒ちゃん?」

駒子「いいわね? みんな食べて食べて食べまくるのよ。ツケを全部
 ヤツに回してやるんだから!」

壬久「……全っ然、許してないじゃん」

 

○ 神久保家・居間

淳久「……苦しい」

壬久「大丈夫? 淳久」

淳久「お母さん、胃薬ある?」

壬久「ああ、あるよ。……しかしまあ、駒ちゃん本気で食べてたね」

淳久「さくらちゃんもああ見えて結構食べるからね」

壬久「あの親子、胃袋は化け物よねえ」

淳久「二人とも痩せてるのにね……」

壬久「はい、薬。アンタは子供だから二錠ね」

淳久「ありがと」

壬久「……ふう、これは夕飯食べられないな。あっちゃんには
 お土産があるからいいか」

淳久「胃が落ちついたら、僕寝る」

壬久「私も……ゆうべ殆ど寝てないから眠いわ」

 

淳久M「映画を本格的に経験したことで、僕は段々欲を感じ始めて
 いた。面白いと感じた仕事ならなんでもやっちゃうおじいちゃんの
 気持ちも分かるようになった。これから僕は、どんな作品に出会っ
 ていくんだろう。すごく、楽しみでならない」

 

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