月を盗む恋

――――――――――――――――――――――――

ラーダ 王の小姓・16歳・男
リュトラス 旅の楽士・19歳・男

――――――――――――――――――――――――

○ 湖上のテラス

ラーダ「こんなところにいたんだ。綺麗な月夜だから、セレナーデでも聞き
 たくなって探したよ。ねえ、リュトラス。王の前での演奏、堂々としてたね」

リュトラス「水に囲まれたこの城のテラスじゃ、竪琴は弾けない。弦の調整
 が大変なんだ。それに王はあの方だけじゃない。この広い大陸、たくさん
 の国がある。その数だけ、王もいる」

ラーダ「ふうん。僕はこの国を出たことがないから、良く分からないな。
 昔みたいに争いはないし、あんまり他の場所に興味がないんだ」

リュトラス「あんたは今のままで満足なのか?」

ラーダ「あんた、なんて呼ばれたくないな。王からちゃんと僕のことは聞い
 てるでしょ。ラーダだよ。お小姓のね」

リュトラス「……ラーダは、今のままでいいと思ってるのか」

ラーダ「欲しいものは手に入る。王は僕を大事にしてくれてる。それ以上
 何も望まない」

リュトラス「それはお幸せなことだ」

ラーダ「でもそういう声音に皮肉が含まれてることは分かってる」

リュトラス「分かってるならどうして」

ラーダ「望んじゃいけないこともあるって知ってるからさ」

リュトラス「……俺は故郷を捨ててきた。望んでも手に入らないものがある
 のを知って」

ラーダ「どこの生まれなの?」

リュトラス「セントフィールド」

ラーダ「……聞いたことがあるな」

リュトラス「そうか? 小さな、小さな国だ」

ラーダ「まあ、いいや。テラスがダメなら今度部屋で聞かせてよ」

リュトラス「馬鹿言え、ヤキモチやきのあの王に殺されるのはゴメンだ」

ラーダ「誰も僕の部屋だなんて言ってないよ。王の私室でだよ」

リュトラス「……招かれたら考えよう」

ラーダ「約束だからね!」

リュトラス「あ、ああ」

 

○ 王の私室

ラーダ「ふふ、来てくれてありがとう」

リュトラス「……昨日の今日で招待が来ると思わなかったぞ」

ラーダ「だから言ったでしょ。僕が望むことは叶えてくれるんだよ」

リュトラス「肝心の王は?」

ラーダ「まだ大臣に捕まってる。とりあえず何か聞かせてよ」

リュトラス「……昨日はご希望を叶えられなかったからな。“月のかけら”
 という小夜曲を」

ラーダ「わあ、その題名だけで水面に映る月を想像するよ」

リュトラス「……」

ラーダ「もしかして、自分で作ったの?」

リュトラス「黙って聞け」

ラーダ「ゴメン」

 BGMワンフレーズ後緩やかにF.O(選曲はお任せします)

ラーダ「凄い! 綺麗な曲」(拍手)

リュトラス「……お気に召していただけて幸いです」

ラーダ「ここに来て作ったの?」

リュトラス「いいや、故郷でだ」

ラーダ「……なんかね、川が浮かんだ.月光に照らし出される川」

リュトラス「ほう」

ラーダ「小さい頃、見たんだ。父親に手を引かれて船に乗り込んだ時」

リュトラス「この国で?」

ラーダ「いや、この国じゃ……ない。だってこの国は整備された水路しか
 ないし」

リュトラス「あんたこの国出たことないって言ってなかったか?」

ラーダ「……細かいことをいちいち覚えてる奴だね.物心ついた時からって
 ことだよ。それにまた、名前……」

リュトラス「もっと突っ込んで申し訳ないが、記憶があるってのはそれは
 つまり物心つくってことじゃないのか?」

ラーダ「お願いだから、名前で呼んでよ。誰でもいいような呼び方をされる
 のはイヤなんだ」

リュトラス「……ラーダ」

ラーダ「どんな立場にいたって、僕は僕なんだ。細かいことは覚えてなくて
 も、忘れられないことだってある」

リュトラス「……それもそうだな」

ラーダ「とにかく僕が途切れることのない記憶を持つようになって、ずっと
 ここを出たことがない……この城さえも」

リュトラス「いつから……王の?」

ラーダ「僕がお小姓になったかって? 最初は兄弟のいないこの国の王の
 遊び相手としてだったよ。でも、気がついたらこうなってた。今や、お妃候
 補の寵姫(ちょうき)にも負けず劣らずの。いや、むしろ城一番の“寵姫”
 だなんて言われてるんだ。お妃候補の彼女たちにまで……羨望や嫉妬、
 果ては同情まで向けられて。恐いね女性って。所詮お小姓なんて、この
 国では王の伴侶にはなり得ないのにさ」

リュトラス「……自嘲してどうするんだ。満足してるんだろう?」

ラーダ「……君に何がわかる。いずれここから去ってしまうくせに」

リュトラス「じゃあ、自分のしたいようにすればいい。鳥篭に大人しく収まる
 なんてタマじゃないだろうに」

ラーダ「大人しくなんかしてないよ。現に僕は好き勝手にしてるじゃないか」

リュトラス「だったらどうして、そんな顔をしてるんだ」

ラーダ「そんな顔って?」

リュトラス「笑ってるつもりなんだろうが、歪んでるぞ」

ラーダ「どこがだよ!」

リュトラス「なにもかもだ」

ラーダ「! 出ていけ! この部屋から出ていけ!!」

リュトラス「しかし王が」

ラーダ「王は来ない。初めから来るつもりもない」

リュトラス「何!?」

ラーダ「彼は僕の頼みを何だって聞いてくれる。許してくれる。ここから出て
 行くことさえ考えなければ。……王の名を騙って書簡を出すことだって」

 

○ 湖上のテラス

リュトラス「……クソッ、何で俺があのアバズレのことで苛々しなきゃなら
 ないんだ」

ラーダ『誰でもいいような呼び方をされるのはイヤなんだ』

ラーダ『細かいことは覚えてなくても、忘れられないことだってある』

ラーダ『望んじゃいけないこともあるって知ってるからさ』

ラーダ『そういう声音に皮肉が含まれてることは分かってる』

リュトラス「ラーダ……」

 

○ 広間

ラーダ「リュトラス!」

リュトラス「……」

ラーダ「ちょっと待ってよ。どういうことだよ、おいとまするって」

リュトラス「どうもこうもそのままだが?」

ラーダ「この前のことまだ怒ってるの?」

リュトラス「関係ないだろう。“あんた”には」

ラーダ「リュトラス」

リュトラス「俺は作られた水路を泳ぐだけじゃ満足しないんだ」

ラーダ「……川底の岩に撥ね返った流れに、映る月の“かけら”……」

リュトラス「! なんで、あんたがそれを」

ラーダ「少しだけ、思い出したんだ。本当に忘れていたんだけど」

リュトラス「……ここじゃ不味い。ちょっとこっちに来てくれ」

ラーダ「うん」

 

○ 客間・リュトラスの部屋

リュトラス「よし、俺の部屋なら誰も来ないな。なあ、ラーダ……お前は」

ラーダ「ねえ、波の荒いあの川で、船に乗るのをいやがった僕に言ったよね」

リュトラス「ああ」

ラーダ「月のかけらが見えない水の流れなんて、死んでるのと一緒なんだっ
 て。だからカケラが浮かぶ川は、生きてるから何も恐くないんだって」

リュトラス「……じゃあ、ラーダはやっぱり」

ラーダ「そう、ラドールだよ。『神殿』に向かう途中で、水賊に襲われてまだ
 小さかった僕はこの城に売られた。お父さんは、多分殺された」

リュトラス「……もう、会えないと思っていたんだ」

ラーダ「代々、僕の家は2番目の男の子を神殿に差し出すならわしがあった
 からね。名前も生まれたその時から決まってる。でも運命を知らされるのは
 一代前の『ラドール』が死んでから」

リュトラス「おまえが『ラドール』でなければ、俺は父が死んだあと素直にセン
 トフィールドの王位を継ぐつもりだった。お前を伴侶として迎えることが出来
 るのなら。あの国では同性であっても伴侶として一生を共に出来る。後継ぎ
 に血縁をこだわるなら妃を迎えなければならないが、俺には弟がいたから
 その必要もない。だからおまえを選ぼうと思っていた」

ラーダ「僕はあのころ君のその言葉をずっと信じてた。一番大好きな人のそば
 にいられるって」

リュトラス「ラーダ」

ラーダ「だからあの別れも、ほんの一時のことだって思ってた」

リュトラス「……」

ラーダ「結局願いは叶ったけど、でも……僕はもう」

リュトラス「ラーダ……」

ラーダ「結婚もせず、恋もせずに、汚れなき存在でなければならない神への
 いけにえ……ラドールはもうどこにもいない」

リュトラス「だが、ラーダがいる」

ラーダ「新しい名前をもらった代わりに、僕は……一番大切な人をあきらめな
 きゃいけなかった」

リュトラス「俺はあきらめない」

ラーダ「リュトラス?」

リュトラス「絶対にあきらめない。……お前を連れていく」

ラーダ「リュトラス!」

リュトラス「王から奪ってやる」

ラーダ「……」

リュトラス「おいとまをもらうとは言ったが、一人で出国するとは言っ
 てない」

ラーダ「……だって、僕はもう」

リュトラス「清いままで生きていける人間なんて誰もいない」

ラーダ「リュトラス」

リュトラス「王には、新月の晩……明日の夜旅立つと告げた」

ラーダ「……」

リュトラス「昏(くら)い気持ちを隠すには闇に乗じるしかないと思っ
 たからだ」

ラーダ「くらい気持ち?」

リュトラス「ラーダのことを考えるだけで苦しかった。だからこの国を離れよう
 と思った。ラドールだとは思わなかったから」

ラーダ「……!」

リュトラス「往こう」

ラーダ「リュトラス……!」

リュトラス「お前をこうして抱き締めるのは、何年ぶりだろうな……」

 

○ 妃候補たちの部屋

ラーダ「こっちだよ」

リュトラス「何故こんな奥に水路があるんだ?」

ラーダ「その昔、王の寵愛を受けていたお妃候補の一人が暗殺されそうに
 なってね。それ以来、ここに逃亡用の水路が作られたんだってさ」

リュトラス「それにしたって、狭い通路だ」

ラーダ「竪琴なんて置いてくれば良かったのに」

リュトラス「国には帰れないが、これは俺の身分を証明するようなものだか
 らな。お前こそ何を大事そうにもってるんだ」

ラーダ「これは通行証だよ。王の署名の。……そう言えばその竪琴どこかで
 見たことがあると思ってたんだ。セントフィールドのあの城の宝物庫(ほうも
 つこ)から持ち出したの?」

リュトラス「いや、亡くなった父の宰相が持たせてくれた。しかし通行証って」

ラーダ「あったほうがいいじゃないか。僕の特権を最後に使わせてもらった
 だけさ。それで、国はどうなったの?」

リュトラス「ああそういうことか……国は小さかった弟が継いだ」

ラーダ「そうなんだ……あ、もうすぐだよ」

リュトラス「良くも悪くも噂を聞かない……あれからどうなったんだ
 ろうな」

ラーダ「少なくとも滅んだ国があるとは聞かないよ。頭の上、気をつけて」

リュトラス「ああ、大丈夫だ……」

ラーダ「……ふう、小さい舟が一艘だけか」

リュトラス「俺が先に乗って手を貸そう」

ラーダ「……僕がこれまでこの国を出なかった理由の一つがこれだよ」

リュトラス「安定した水路なのにか?」

ラーダ「船に乗るのが恐かった。ずっと……水賊に襲われて以来」

リュトラス「ああ、そうか……」

ラーダ「でも、君がいるから」

リュトラス「ラーダ」

ラーダ「……早く出よう」

リュトラス「そうだな。……さあ、手を」

 

○ 城裏

ラーダ「水路の門、ちゃんと開いてて良かった」

リュトラス「誰かが手びきを?」

ラーダ「……僕に同情してくれてたお妃候補の一人」

リュトラス「信頼出来るのか?」

ラーダ「これがていのいいライバル排除だとしても、僕は感謝するよ」

リュトラス「そうだな」

ラーダ「……櫂の音が、こんなに優しく聞こえるなんて」

リュトラス「少し眠るといい。目が覚める頃には岸に着く」

ラーダ「ううん。このまま起きてる」

リュトラス「後が辛いぞ。昨夜から寝てないだろう?」

ラーダ「だって眠って、全部夢だったりしたらイヤだ」

リュトラス「夢じゃない。俺はもうずっとお前の傍にいる」

ラーダ「リュトラス」

リュトラス「まだちゃんと言ってなかったな。……ラーダ、愛している」

ラーダ「僕も……僕も! リュトラス! ずっとずっとこんな時を夢に見て
 た。でも、目が覚めるたびに心が凍る気がした。だから、もう期待なん
 かしないって……そう決めてたんだ。昔のことは、胸の奥に封じ込め
 て……大切な思い出も、大切な人の名前も忘れて」

リュトラス「これからは、大変なことも色々あるだろう。それでも、
 付いて来てくれるか?」

ラーダ「月が割れて映る流れでもいい。滞った水面よりは」

リュトラス「……どこまでも行こう、二人で」

ラーダ「うん」

リュトラスM「やがて、新月が雲に隠れた。闇に紛れる俺達を隠すように」

 (ED流れる)

BACK